四話
『何が起きた?ここはどこだ?俺はいったい………』
「素晴らしい!彼の筋肉はこれほどの体格差を覆せるのか!ただの筋肉ではない!もはや兵器!歓喜!超剛筋!卓越したフィジカルを誇る星薙から大金星をあげたのは筋トレ王グレートマッスルの56番選手だぁぁぁ!!」
観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こる。黄色い声援や、厳めしい強面筋肉集団から野太いコールが挙がる。
「うぁはっ!!」
巨大なカマキリが慌てて立ち上がる。
「おっとぉ!5番が立ち上がったが、残念ながら既に気絶時間は8秒を過ぎているぞ!第1試合終了です!」
司会の言葉に、自身が負けた現実を突き詰められる。
「ち……てめぇみたいな筋肉だけのチビに負けるなんてよ…」
「なんだと貴様ぁ!?筋肉が小さいだと!?この上腕二頭筋が目に入らぬかぁ!?」
「何言ってるかのわからねぇよ馬鹿野郎!マグレで勝ったからって調子に乗んなよ!」
「なにを!?」「やるかぁ!?」
「お二人共〜試合はもう終わりましたよ〜邪魔なので早く試合場から出て行ってくださ〜い」
「チッ!胸糞悪い!」
「あいつめ!私の筋肉に嫉妬しておるのだな!」
「ちょうど第2試合が始まるところだな。片方は君と同じ人間型。もう片方は、地球から座標Xに至るまでの道すがら頻繁に目にする宇宙生物だ。戦いの参考になれば良いが」
短距離用ワープホールを抜けると、円形闘技場に辿り着いた。薄暗い室内には細い光のレーザーが飛び交い、観客席には、甲羅に砲台を背負った亀を、更に複数背負う巨大な亀や、体の前後に生えた白色と黒色の二頭の頭で、互いを喰らおうと喧嘩しあう蛇。
黒い毛虫のような胴体から、左側が3本右側が5本の猿のような手が左右非対称に生え、腹部からは細長い赤色の触手が無数に伸びた化物が、蜘蛛のように壁を這っている姿や、アルフィルとゼノの向かい側では、人身牛頭の4体の牛が背負った神輿の中から、巨大な4つの瞳が試合上を覗くなにかの姿が確認できた。
「個性的な観客ばかりですね」
「地球には百鬼夜行という行列があるそうだが、大体このようなものか?」
「まさにこんなかんじですよ」
「それはグロいな」
「ここの支配者がそれ言っちゃうんですか」「ああ、私の美的センスは地球の神に近いらしい。いままで案内した場所も、アルフィルが最も面白い反応をするであろう場所ばかり案内したつもりだ」
「面白い場所て……今の僕が言うのもなんですが、客人は普通、もてなすものじゃありませんか」
「討論するか?私は負けんぞ。自分に不都合が訪れればすべてを煙に巻くからな」
「知ってますよ」
「アルフィルが拒否するのも予測済みだ。私達は確実に理解を深め合っている」
「僕の弱点ばかりバレていってる気がするんですが」
「ほらみろ。次の試合が始まるぞ」
「………色々と狙ってませんか?てゆうかここでも離れたらダメなんですか?」
「ちょっとでも言葉に詰まったり噛んだりしたら舌を引っこ抜かれる可能性がある」
「うぅ…こんなんばっかり…」
座標Xに来てから、殆ど四六時中引っ付いているのだ。決して退屈はしていないし、社交的な性格のアルフィルだが、プライベートな時間も欲してしまう。いい加減に慣れたが、時折、柔らかい部位の感触を感じて意識してしまう為になおさら気疲れする。なによりの問題は座標Xの常識から外れた瞬間に、目も当てられないような事態に陥る可能性があるということが一番の問題点だ。
「私は楽しいしハッピーだぞ。後3日ぐらい辛抱しろ」
「いまさら心を読まれる事なんかに驚きませんよ。すんませんねぇ器の小さい男で」
アルフィルの嘆きを掻き消す大きな声量で、司会が第2試合の開始を宣言する。
片方はヒューマンという種族。外見的には地球の人間とまったく相違点が見られない。体格の良い青年だ。
もう片方は種族名エイリアン。ウナギが人型になったような二足歩行の生物で、ゼノが説明した通り、地球から座標Xを目指して飛び立ったアルフィルが最も多く目にした襲撃者の姿だ。
「70億番に、1062番?あの数字にはなにか意味があるのですか?」
「彼等の名前だ」「な、名前?」「何かおかしいか?ああいった名前がここの常識だ」
「ゼノさん…貴方は初日に、私は嘘はつかないよ、と宣言しましたね?」
「確かに言ったな。私は嘘などついていないよ」
「嘘はついてなくとも、隠し事はしていますよね?」
「隠し事ぐらい君にもあるだろう。未知を前にした時、生物は例外なく感情を奔流させる。そう突っ掛かるな」
胸中によくないものが立ち篭る。これが杞憂に終わればいいのだが。
「ギシャアァアァアァ!!」
試合開始の合図と共に、エイリアンが飛び掛かる。「くっ!」ヒューマンは慌てて横に飛んで攻撃を躱すが、エイリアンは素早く体を切り返して激しい猛攻を続ける。
連続攻撃に対する反撃のタイミングが掴めず、ヒューマンは移動手段の大半が地面を転がるようにして逃げ続ける形になる。
広い闘技場だが、ついに追い詰められて壁を背にしたヒューマンは、もう逃げられないと判断し、岩壁を蹴って勢いをつけ、エイリアンに殴り掛かる。だが、エイリアンはヒューマンの拳を軽々と受け止める。
「っ!はぁ!!」
残った左腕でエイリアンの腹を殴り飛ばす。
『なんだ…勝てない相手じゃないぞ…僕がビビりすぎていただけか…これぐらいならなんとか』敵の戦力分析に向けられた意識が右腕に走る灼熱の如き激痛によってかき乱される。
「ぐぅぅ!?」
ヒューマンが自身の右腕に視線を落とすと、手首の先では、ずる剥けた皮膚が暖簾のようにはためいていた。激しい出血を伴い、ズキズキと痛みが鼓動する。若干、涙目になりながらエイリアンの方に視線を向けると、エイリアンは、口が裂けるほど口角を上げて嘲笑いながら、自身の拳の中に握っていた、ヒューマンの拳を地面に落として踏み躙る。
「う…うぅうぅ…」
ヒューマンが弱々しい声をもらしながら後退する。
「うわ!あれ大丈夫なんですか!?」
観客席の通路から試合を見下ろしていたアルフィルが、焦って声を荒げる。
「ヒューマンの生命力は地球の人間とほとんど同じだ。右手を千切られたのは重傷だな。これでは逆転するどころか、戦いを続行することすら難しい」
「なんだって!?じゃあ早く止めないと!」
走り出そうとするアルフィルの腕をゼノが引き寄せる。
「やめろ。ルール違反だ」
「ルール違反!?」
「どちらかが戦闘不能になるまで試合は止まらない。動けないほどの大怪我を負うか、意識を失って8秒が経過するか、死に至るかだ。彼の状態では試合続行は難しいが、不可能では無い。これでは決着に至らん」
「死に至るか!?試合で死者が出るのを肯定するのですか!?」
「座標Xでは当たり前のことだよ。それになにも、死ぬと決まったわけじゃない」
「しかし!!」
「黙っていろ。ヒーローとは過酷な職業なのだ」
再びヒューマンとエイリアンが接触するが、そこから先はただの公開処刑だった。ヒューマンに勝ち目がないのは誰の目にも明らかだ。
アルフィルは思わず、顔をしかめて視線を逸らす。
わざと痛ぶるような攻撃を続けたエイリアンが、トドメを刺そうと少し下がり、口から大量の粘液を吐き出す。
素早く動く体力など残っていなかったヒューマンは粘液に直撃し、全身を覆うほどの粘液を浴びたヒューマンの体が溶解して粘液と混ざっていく。
「あぁっと!ここで決着です!勝利したのはエイリアンの1062番選手!本日初めての死者が出てしまいました!霊柩班!お願いしまーす!」
マイクスタンドの側で浮遊する口が大声で叫ぶと、選手出入り口から出てきた黒い羊が、溶解して液状になった死者を啜り飲み、試合場を去っていく。
エイリアンも試合場から出て行こうとするが、黒い羊と入れ替わる形で出てきたゴリラが、立ち去ろうとするエイリアンを呼び止める。
「待てコラァ!!!テメェ俺の親友になにしてくれてんだああああぁ!!!」
ゴリラが飛び跳ねて、ドロップキックでエイリアンを蹴り飛ばす。
「あああっとぉ!?これはどうした事だぁ!?種族名セイテンの380番が突然の乱入だあぁ!?いったいなにが起きているぅ!?」
司会時の口調とは打って変わり、心底驚いた様子で口が叫ぶ。
「立てクソ野郎!!70億番の仇だ!!テメェは俺が殺してやる!!」
「380番が敵討ちを宣言したぁ!しかしこれは一方的な逆恨みだぞ!ヒーローは命をかけて戦うのだ!試合上では誰がどう死のうとも自己責任!彼は我等が絶対神E様の掟に背いている!これは完全な反逆罪だ!警備員さん!彼をひっ捕らえてください!」
「邪魔だテメェら!!どけコラァ!!」
二方向の選手出入り口から大勢の人型警備員がゴリラに向かっていくが、ゴリラは次々に警備員を投げ飛ばす。
「止めるな!」
ゼノの一喝に、空間内にいた全ての生物が振り返る。自身等の主の登場に試合を忘れ、全ての生物が挨拶をしようと席を立つ。
「客人の前だ。仰々しい真似はよせ」
ゼノの言葉に従い、観客が一斉に席へ座り直す。
「ただの愉快犯や反逆行為なら見過ごす訳にはいかんが、友の為に怒る彼の心は素晴らしいじゃないか。380番の気が済むまでやらしてやれ。1062番、貴様に拒否権はないぞ。いいな?」
「フギ!?フギャ!フギャ!」
突然、名指しで命令されたエイリアンが、それを全力で肯定するかのように何度も頭を縦に振る。
「試合を再開しろ。それと、私は客人の対応に集中したい。この空間には私はいないものと認識しろ」
「しょ、承知しました。え〜それでは、警備員のみなさんは下がってください。試合を開始しましょう」
警備員達が試合場から消え、残ったゴリラとエイリアンが睨み合う。
「いますぐ始めろ」腹の底から唸るゴリラの言葉に従って、司会がすぐに試合開始を宣言する。
「これは試合じゃない…殺し合いだ」
眉間にシワを寄せながら、アルフィルが怒りの言葉を吐き捨てる。
「残念だ。気に入ってもらえなかったか」
「気にいるわけがないでしょう!悪趣味にも程がある!」
「なら私からも言わせてもらうが、君は甘いにも程があるぞ。この世は弱肉強食だ。弱者は死に強者は生きる。自然の摂理だ。この世の大前提を神が否定してどうする」
「神がなんだ。肩書きなんか関係ない」
「ほぉ〜?これは一本取られたな。だが、君は380番の、あのゴリラの気持ちを力尽くで押し殺すつもりか?」
「危険だと感じたら止めるつもりです」
「じゃあ、そうなるまでは暴れないと言うことだね」
ゼノには見向きもせず、アルフィルは試合場を睨む。
両者の勝負はまさに死闘だった。
血が噴き出し肉が飛び交い、抉れた皮膚の奥で白い骨が露出する。
ゴリラの意志はできるかぎり肯定したいが、これ以上はさすがに危険だと判断したアルフィルが身を乗り出す。しかし、ゼノが腕を引っ張ってアルフィルを引き戻す。
「私は決着の判断を君に託した覚えはないぞ」「あくまで邪魔する気ですか!」「こちらのセリフだ」「くっ!離せ!」「だめ。離さないよ」「このっ………離せって言ってるだろ!!」全力で怒鳴るアルフィルに一部の観客が振り向くが、ゼノに睨み付けられた観客は即座に視線を試合へと戻す。
「力尽くでやってみるか?」
これ以上は我慢の限界だ。実力行使にでようと、アルフィルが全力で腕を引き抜こうとするが、まるで時が止まったかのように、引き抜こうとした腕は微動だにせず、遅れて来た鈍い痛みが腕に巻き付く。
「アルフィル。私はなにも意地悪で彼等に過酷な試合を課している訳ではないのだ。打ち明けて言えば客のためですらない。これは私の為にやっている事なのだ。私が私だけの為にやっている私にとってどうしても必要な事なのだ。試合を禁じられてしまっては、もしかしたら私が私でなくなるかもしれない。試合を止める事は認めない。私を殺さぬかぎりこの腕は離さない。頼むから私の意見を認めてくれ。君とは良き友でありたい。偽らざる本音だ」
ゼノの瞳が痛いくらいに眩しく重い光を放つ。恐怖に関連する全ての負の感情が細胞レベルで湧き立ち、刹那の視線の交差だけで絶対的な神格の違いを魂に刻み付けられる。
気圧されて怯んでいるうちに試合は終了していた。
エイリアンの心臓は完全に停止している。ゴリラが息を引き取るのも時間の問題だった。虫の息で掠れた呼吸音を鳴らすゴリラが、首元のロケットネックレスに手を回し、蓋を開く。
『381番……すまねぇ……バカ……やっちま……た………』
治療班が出る間もなくゴリラの命が尽きる。
「ぅ……ぅぅ……こんな…こんなことが……」
アルフィルの下半身が力なく崩れ落ちる。それに寄り添って、ゼノも膝を屈める。
「おっと!大丈夫か?もう試合観戦はやめるか?」
観戦をやめたところで試合は続くのだろう。
主人の命令に従い、ゼノとアルフィルの掛け合いを無視して試合を進行する司会の言葉が残酷な事実を突き付ける。
「さ……せろ……」
「なに?」
「試合を止めさせろ!!」抱きつかれていない方の左腕でゼノの肩を掴んで押し倒す。
「彼等の名前が温かみのない番号の理由がわかった!あんたは彼等を生物ではなく単なる道具だと侮蔑しているんだ!ここでは命がまるで塵のようだ!個性を認めるような言葉を口にしながら言ってることとやってる事が真逆じゃないか!見損なったぞ!」
押し倒される主人の姿はさすがに見過ごせないと、黒服を纏いサングラスを着用した6人の男達がアルフィルに駆け寄る。
「やめろ。私の命令に背くつもりか」
「しかし…」「くどいぞ!」
駆け寄った黒服の男達が渋々と距離を空ける。
「アルフィル。良い意味でいうが君のような客は初めてだ。神には力を重要視する者が多くてね、ここを訪れる客は、私を見下すか媚び諂うかのどちらかだった。お互いに商売なんだ。私がどれほど親睦を深めようとしても所詮は損得勘定で動くだけの間柄からは抜け出せなかった。だが君は違う。こうまでハッキリと他人の本音を聞ける日が来るとは………私はいま、これまでに感じた事のないほど大きな幸福感に包まれている。だから君には全てを打ち明けようと思う。君の感情を認めて、特別に試合は中止する。他の者に聞かれたくはない。場所を変えよう」
その言葉を聞くと、アルフィルが力を込めていた腕を、ゼノの肩から離す。
「E様ぁぁぁぁ!!!緊急事態ですE様ああぁぁ!!!」
アルフィルとゼノがいる場所の通路の奥の方から、小型の翼竜が飛んでくる。
「チッ!!なんだこんな時に!!」
アルフィルは、初めてゼノが怒りの感情を発露したのを確認した。試合を中止させまいとする時のおどろおどろしい雰囲気はなく、思い通りにいかずにむくれる子供のような反応だ。
「C様が!!C様がおいでに!!」
通路の奥から飛んできた翼竜の勢いが急激に加速し、ゼノとアルフィルのすぐ上を突き抜けて試合場の端まで飛んで、勢いよく壁に突っ込んだ体が壁に同化して血糊を広げる。
通路の曲がり角に目を向けると、鼻が曲がる程の異臭を放つ巨大な触手の塊が視界に映り、触手の塊が試合場へと近付いてくる。筆舌に尽くしがたい破壊的な悪臭によって、比喩でもなんでもなく、本当に鼻が折れ曲がる者が観客席で続出する。
タコの姿を象る高密度の触手の塊が、赤く光る丸い目でゼノを睨む。
「随分なご挨拶じゃないかC。よほど気に喰わない事があったのか?」
触手の塊は、ゼノを睨みながら未知の言語で捲し立てる。
「私は忠告したじゃないか。あの程度の数では旧支配者の侵攻は止められないって」
「〜〜〜〜〜〜!」明らかに機嫌を悪くした様子で触手の塊は言葉を続ける。
「私の責任じゃないだろう。悪いのは価値に見合った対価を払わなかった君だ」
Cと呼称される化物が触手で壁を叩く。部屋全体が大きく揺れる。
「おいおい勘弁してくれよ。こちらに非は無いんだ。クレームは受け付けないよ」
光る赤い目が光量を増していく。顔を近づけてゼノを睨むCが、視界に入り込んだアルフィルに意識を向ける。
「ああ、こちらは一見の客人だ。彼には手を出さないでくれよ」
ゼノの言葉を聞いたCが、アルフィルへと触手を伸ばす。
「待て待て待て!彼には手を出すなって!」
「〜〜〜〜〜?〜〜〜〜?〜!」
「あ?そうそう!彼は私のお気に入りで大事な客人なんだ」
気に喰わない様子でCがアルフィルを睨んだ瞬間、身体中から血の気が引いていく感覚がアルフィルを襲う。悪寒で皮膚が総毛立ち、ガタガタと小刻みに全身が震える。「うっぐぅ!?」胃の中から熱いものが立ち昇り口内を酸味が満たす。腰が抜けて歩けないどころか、合わさっていた視線を本能的に伏せたまま顔を上げることもかなわない。
『ナンダコレ……ナンダコレ……』
ぼたぼたと涙が零れ落ちる。
怖い。
怖い。
怖い。
なにもできない。
ころされる。
殺される。
濃厚な死の気配が脳を目指して脊髄を駆け昇る。
「やめろ!!」
「ガハッ!……ハァ………ハァァ………」
声を荒げてゼノがCの行為を咎めると、金縛りの解けたアルフィルが肩で呼吸をする。
「分かった!分かったよ!特別に格安で最高級の商品をくれてやるよ!ただし今回だけだぞ!!次はないからな!」
満足する答えを得られたのか、Cはアルフィルから視線を離してゼノになにかを語りかける。
「ったく困った客だなぁ!せっかく良いところだったのに!買い物が済んだらすぐ出ていけよな!私は気分を害したぞ!だいたい君は」
不満をぶちまけるゼノが、突然、言葉を止める。
「う……が…ああぅ………」
苦悶の声をもらし、アルフィルから腕を離したゼノが、頭を抱えて蹲る。
『まずい…こんな時に……』
「っ!接客班!誰かいないか!?」
「はっ!」「ここに!」ゼノの言葉に、観客席から5人の男が駆け上がってくる。
「ナンバー02…Cの対応を頼む…ナンバー88とナンバー276は彼を、アルフィルを地球出身者用の客室へ案内しろ」
「はっ!承知しました!」
ゼノの命令を受けて素早く接客班が動く。観客席にいた者は、蜘蛛の子を散らしたように、我先にと近くの通路へ走り部屋から抜け出していく。
「さっ、こちらへ」男が座り込むアルフィルに顔の高さを合わせ、立ち去るよう促す。
「大丈夫ですかゼノさん!?なにが起きているんですか!?」
「も…もんだい…な……い…い…いつも…の…発作だ……はや…く…もう…抑え切れな……」
「失礼しますアルフィル様!!」
2人の内、体格のある方の男がアルフィルを持ち上げてその場から走り去る。
「ゼノさん!?ゼノさあぁぁん!!」
「す…ぐ…あえる……よ……」
その場に残ったのは、主人を押し倒すアルフィルを止めようとした男達と、ゼノの7人だけだった。
「誰だ…誰が出てくる……」
ゼノを囲む男達が、張り詰めた空気の中で、固唾を呑んでゼノを注視する。
やがて、静かに顔を上げたゼノが、惚けた顔で言葉を話す。「ここはどこ?パパは?ママは?お兄ちゃん達、誰?」
「鎮圧部隊を要請しろぉぉ!!!大至急だあァァ!!!」耳を裂くほどの大音量のサイレンが座標Xの全体に鳴り響く。
「おなか…すいた……ごはん…ちょうだい」
ゼノの髪が近くにいた男を捕らえる。
「いやだあぁぁあぁああぁ!!!誰かあぁあぁあぁぁあ!!!」
小さな閃光が瞬き、ゼノの髪の一部が切れる。
泣き叫ぶ男の体が重力に囚われて落下しかけるが、何者かが背後から男の体を抱え、ゼノから距離を取る。
「足手まといのゴミ屑は3秒以内に俺の前から消え去れ」
鯰髭を生やした異様に目つきの悪い長髪の男が、剣を握る2本の腕とは別の、自身の2本の腕で抱いた男を睨み付ける。
「ヒッ!はひっ!」
一目散に走り去っていく男達を見送った長髪の男が、腰に携えた残り2本の剣を抜く。
「やだ…わたしをいじめるの?いたいことしないで…」
長髪の男に注意を向けるゼノの背後で、手も足も体も顔も太いスキンヘッドの大男が、両手で握りしめた巨大なハンマーを掲げ、力一杯ゼノへと振り下ろす。
体の中心から吹き上がった血圧でゼノの両目が飛び出す。押しつぶされた胴体が地面と同化し四肢は欠損する。
「アハハハハ!アハハハハハハハハ!わたしあいされてるぅ!」
地面と同化した血糊がゼノの姿を象り、笑いながらスキンヘッドの大男に襲い掛かる。
「ちょうだい!しょうめい…もっときもちいのをを!」
ゼノの血液が大男の中に潜り込み、大男を内側から破裂させる。
「ちがうよ……これ…わたしとちがうよ…あなたは…わたし?」支離滅裂な発言を繰り返しながら、散弾のように飛散した血が長髪の男に迫るが、長髪の男は4本の剣で血の弾丸を弾き続ける。
『くっ!まだ応援は来ないか!』
一秒毎に精神をすり減らしつつも男は攻撃を耐え忍ぶ。
「なんでこばむの?なんでわたしをうけいれてくれないの?」ゼノの生首が超音波混じりの凄まじい叫声をあげる。
「つまらなあぁあぁい」
ゼノの右手が地面を叩くと、座標Xに大地震が起こり、試合場が崩壊して、バラバラになったゼノの体が宇宙空間に投げ出され、真空状態で呼吸のできなくなった男が絶命する。
飛散したゼノの血が居住スペースの箱に染み付き、血の付着した複数の箱や通路が意志を持ったかのように動き出して、血の付着していない部分との連結通路を引きちぎり、巨大なゼノの上半身を象る。
「もうこわれたの?もろすぎるよ。ほかのおもちゃはないの?あ、そうだ!Cさぁん!私と遊ぼぉ〜!」
箱や連結通路を押し固めて形成した自身の仮初の器を指で抉ると、巨大な触手生命体が宇宙空間に引き摺り出される。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ブチギレたCが熱光線を放ち、宇宙船でできたゼノの体を跡形も無く消し飛ばす。
「キャハハハハ!たのしいねぇ!こんどはわたしのばんだよ!」
ゼノの生首が大きく息を吸い口から光線を吐き出すと、Cの姿は光線の中に消え、宇宙船もろとも射線上のあらゆるものが消滅する。
「E様あぁあああぁあぁああぁぁ!!!」
無精髭を生やした白目の男が、箱の穴の中からゼノへと叫ぶ。
「私と遊びましょおぉおぉ!!」
ゼノの手足と頭が一箇所に集中して互いに混じり合う。蠢く肉塊が体積を増していき、普段の姿へと再生したゼノが白目の男の元へ向かう。
「おじさんだぁれ?」「E様の味方ですよ。さぁ、私と遊びましょう」「あそびはもうあきちゃった。ごはんがたべたい」
「御食事ですね。こちらへどうぞ」
白目の男がゼノを誘導した部屋の中には、それぞれの体格や形状に合った黒い衣服を着用した千を越える数の種族が待機していた。
「わーい!しんせんなごはんがいっぱいだー!」
嬉しそうな声をあげながら、ゼノが部屋の中へと駆けていく。
「全員掛かれぇ!!!遠慮はいらん!!!殺す気でいけぇ!!!」
様々な種族が様々な武器を取り出してゼノへと一斉に飛び掛かる。