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二話

未来を予言した石板に記された日がやってきた。荒れ狂う海が全てを飲み込み、世界は海に沈む。どんな対策を用いても破滅は免れない。積み上げた歴史。技術も感情も生物も、なにもかもが水底に沈む。馬鹿馬鹿しいと一笑に付された予言は現実だった。なんの前触れもなく、まるで何者かの意識が介入して予言を実現させるかのように、平和は崩れ去り世界は滅びた。そして、ひとつの生命が生き残った。彼が生き残るのもまた、石板に記された予言通りだった。名前までは記されていなかったが、ただひとり、破滅を回避する者がいると。


「……………ふざけるな」


唯一生き残った者は、放心状態のまま愚痴をもらした。


「なにもかも予言通り…俺たちは…運命とやらの奴隷かよ!!」

崩壊して海を漂う瓦礫の上で、座り込んだ姿勢のまま足元を両手で叩く。ペシン、と弱々しい音がむなしく響く。まだ現実を受け入れられない。悪夢のような光景がフラッシュバックする。


直径3センチの無数のシールが風に攫われていく。彼等はシール族と言う種族。意思を持った紙だ。彼等はシールであるが故に、風で全身が浮き上がり、水を浴びると全身はふやけ、波に揉まれるとふやけた体は粉々に霧散して行く。


「こっちだ9641番!!高いところに逃げるぞ!!とにかく屋上へ!!」親友の9646番の声に従い、階段を駆け上り屋上を目指す。

「くぅぅ!!ちくしょう!!ちくしよおぉぉう!!!」

何故こんな事が起きたのだ。何故こんな目に遭わなければいけないのだ。家族は死んだ。父も母も弟も妹も。全てを失った。

「しっかりしろ9641番!!家族の分まで生きるんだ!!」

「うぅ…けど9646番、俺はもう……」

「っ!?危ない!!」9646番に押されて体勢を崩す。

「ぐっ!?」階段を踏み外しそうになるがなんとか持ち堪える。外壁を突き破って漏れ出した水が9646番を攫い、下方へと押し流す。「9646番!!9646ばああぁぁぁああぁあん!!!」

「行け!!俺に構うな!!早く行け!!」爆発しそうな感情を必死に抑え込みながらも屋上を目指す。そこからなにがどうなったのかは覚えていない。ふと気がついた時には夜が明けていて、世界は海に沈んでいた。


体の底から目の奥にまで悲しみが湧き上がるが、目の奥まで登った悲しみは、なにかで遮られているかのようにピタリとその場で止まる。

「これからどうすればいいんだ………」遠い目で、地平線から水平線に変化した景色を眺める。予言には確か、生き残った者は旅に出ると書かれていた。予言になど従いたくはないが。辺り一帯が海に沈んだこの地には生活できる場所など存在しない。藁にもすがる思いで、未来を実現させる石板に描かれていたことを思い返すが、予言の最後の文には、生き残った者が旅に出るとしか記されていなかった。これから先にはなにが待っているのだろう。


「たぶん、すぐに死んで終わりだろうな」不貞腐れて口から出た言葉ではあるが、どれほど前向きに考えたところで、今の状況を打開出来るとは思えない。


「お迎えにあがりましたぁぁぁぁ」

「あ?」


空から聞こえて来た声に顔を上げると、見たことの無い生物が空から降って来た。


「いぃ!?」顔を痙攣らせながら、9641番が謎の生物から距離を取る。

謎の生物は球体と楕円が引っ付いたような胴体を持ち、その胴体からは、左右に4本ずつの、長い手足が伸びていた。

「うわああああ!!よ、よるなバケモノォ!!!」

「えっ!バケモノ!?怖い!!どこ!どこ!?」9641番の言葉に反応して、謎の生物が8個の目で辺りをキョロキョロと見回す。

「お前の事だよ!!」

「は?あっし?違いますよぉ〜。あっしはバケモノなんかじゃありませんって!スカイスパイダーって種族の蜘蛛の仲間です!」

「すかいすぱいだー?くも?くもって、あのくも?」

9641番が、空に浮かぶ雲を指差す。

「形骸化したギャグなんか笑えないっすよ」「ギャグ!?なんだよそれ!俺はふざけてなんかいねえ!」苛ついた様子で地団駄を踏む。

「その様子からすると、この世界に蜘蛛はいないようですね。まぁいいや。そんな事より、早くこの世界から抜け出しましょう」

「世界から抜け出す?何言ってんだ?あんたこそふざけてんのか?」

「ああもうまどろっこしい!これだから単純な世界しか知らない種族は嫌なんだ!とにかく!黙ってあっしについて来てください!」

蜘蛛がシールを捕まえ、糸を辿り空へと昇っていく。

「なっ!?なにすんだよ!てめぇ!離せこら!この!」9641番が蜘蛛の腕の中でもがくが、体格差が違いすぎるためにビクともしない。「そういう訳にはいかないんですよ。これがあっしの役目なんでね」

蜘蛛に拐われたシールは抵抗する事もできずに空の旅に駆り出される。日が沈んで登ってを3度繰り返したところで巨大な雲の中へと到達する。巨大な雲の中では視界が遮られ、一寸先も見通せぬ濃霧を抜けた先には、見知らぬ世界が広がっていた。


平坦な地面を円形に囲った、外側になるほど高さが増していく巨大な観客席。薄暗い空間には煌びやかな色の光の光線がいくつも飛び交う。


「イェア!!本日最後の選手がやってまいりました!!未来のヒーローになるかもしれない者達の雄志を魂に刻み込め!青コーナアァ!身長3センチ!体重0.2グラム!シール族の生き残り!9641番んんんんんんんんんんん!!」

名前を呼ばれた9641番にライトが当てられる。

観客席からは、無数の様々な生物が拍手や野次を飛ばす。


広い空間の至る所から興奮した観客の叫び声が飛び交うが、突如として地面が揺れ出すと、観客達は一斉に口を閉ざした。

地面が揺れる間隔は徐々に狭く、腹の底から響き上がるような音は次第に大きくなっていく。


マイクスタンドの側に浮かんだ、人間の口らしき者だけが、わざとらしく感情を作った声色で言葉を続ける。


「観客の皆様。お待たせ致しました。まだルーキーの身でありながら実力はトップクラス。先日も百戦錬磨の石象、74番から死闘のすえ勝利をもぎ取った恐るべき漢。正式なヒーローへの昇格は確実であろうと、我等が絶対神E様から太鼓判を押された最強生物。赤コーナーアァ!身長25メートル!体重6600トン!ダークドラゴン族の番長!11番の入場だああぁぁぁ!!!」


首を屈めながら選手出入り口を潜り抜け、試合場に降り立った巨大な黒龍が咆哮をあげる。

会場は黒龍の名前である11番を連呼して熱狂的な声援を送る。


「ここでルールのおさらいだが!事前に説明したとおり、両者の実力差が大きすぎる為に、特別ルールとして9641番は8秒間生き残ればその場で勝利が確定する!それでは、試合開始ぃ!!」


開始の合図と同時に黒龍がシールへと迫る。

「えっ!!?えっ!!??なんだこれ!!?ちょ、ちょっとまっ」言葉を言い終える前に、巨大な足でシールが踏み付けられる。

「おっとぉ!?早速終わってしまったか!?ハンデがあるとはいえ流石に実力が開き過ぎだぁ!!」


心底呆れた様子で、ふんっ、と鼻を鳴らしながら黒龍が足を退ける。


「い…いてて……くそ……いったいなんだってんだよ…」黒龍の残した足跡から、よろよろとシールが立ち上がる。


「あぁっとぉ!?彼はまだ生きていたぁ!!薄っぺらい体が幸いしたかぁ!?」


「グアゥ!?」

空間の天井に浮かぶ巨大なデジタルの数字が、4秒、5秒と進んでもなお相手が生きている現状に黒龍が驚いた声をあげる。


「ガアアアアアァァァ!!!」「え?」黒龍の口から放たれた炎でシールは瞬時に消失する。観客席まで立ち昇る熱風に、観客達が慌てて左右や上方へと駆けていく。


「試合終了です!11番選手いまだ無敗!!強い!!強すぎる!!!しかし、特別ルールの為に今回は思わぬ苦戦を強いられました!いやぁ彼の焦った顔は初めてみましたねぇ!意外な一面がみれてなんだか得した気分です!」

司会のトークに観客席から笑いがもれて空気が弛緩していく。

「それでは皆さん!本日はこれにて終了です!本日は正式なヒーローが1人と1匹!そして44名の死者が出てしまいました!手にするものは栄光か、はたまた地獄への片道切符か!?明日は我が身!死にたくなければ死ぬ気で頑張れ!世界は力を欲している!」


照明が落ちて生き物の気配が引いていく。試合場に残ったのは、耳が痛くなるほどの静寂と、無念に散った死者の魂だけだった。



『仕事か』


布団から起き上がり、一点を見つめる。


『死者44名。正式なヒーローへの昇格者が2名』


ゼノは自らが夢の中にいても、現実世界で活動できる神だ。肉体はベッドに残したまま、精神を分裂させ、3体の意識体を創り出す。3体の意識体は、全てが独立した思考を持ち、全てが本物。無尽蔵のエネルギーとあらゆる能力を内包した存在。ゼノ・マインド・Eは、神の中でも指折りの万能生物だ。

非物質の精神体は壁を通り抜け、3体の意識体が、それぞれの目的地へと向かう。


1体は試合場へ、2体は勝利を重ねて正式なヒーローとして認めるに至った者達を目指す。


部屋をすり抜け、通路をすり抜け、宇宙空間に出ては宇宙船をすり抜けてを繰り返し、最短距離で目的地に辿り着く。


「おい、起きろ」


「ああん?なんだようっせぇなぁ?」寝ぼけて寝返りを打つ全長30メートルの赤いカマキリの耳元で囁く。

「私だ。ゼノ・マインド・Eだ」

「うぇああああああ!!??い…E様ぁ!?」

巨大なカマキリが絶叫しながら飛び起きる。

「おめでとう。お前も今日から正式なヒーローだな」

「は、ハハァ……もったいなきお言葉です!」

「お前をある場所へと案内する。私に付いて来い」

「しょ、承知しました」座標Xの住人は、ゼノの言葉には必ず二つ返事で答えなければならない。普段は客人に迷惑さえ掛けなければどれほど好き勝手やろうと行動を咎めることの無い彼女だが、彼女の命令に逆らった者は、ある者は一瞬で灰塵と化し、ある者は悍しい拷問の果てに嬲り殺された。

何度かゼノの恐怖を目の当たりした巨大カマキリ、種族名、星薙。名称4番は、言われるがまま彼女の後を付いていく。


4番を誘導するゼノとは別の意識体。


新たにヒーローに昇格した人物の前へと、意識体のゼノが姿を現す。

「ヒーローへ昇格したばかりだと言うのに欠かさずトレーニングに励むとは、感心するよ」

「やや!E様ともあろうお方が、私如きになんの御用ですかな?」

赤い覆面とマントを装着した筋骨隆々の男は、小型だが高密度の、特殊な超重量ダンベルを両手で交互に持ち上げていた。

男の名は55番。種族名グレートマッスル。

「少し案内したい場所があるんだ。私に付いて来い」

「もちろん断る理由はありませんが、ダンベルは持っていっても構いませんか?」

「すまないが手ぶらで来てくれ。その方が都合が良い」

「そ……そうですか……分かりました……」

「筋トレなら用事が済んでから好きなだけすればいいさ」


55番を案内するゼノが、10時間近く施設を移動したところで、4番を誘導するゼノと合流する。


「ヒッ!?E様!?こ……こんばんは」

4番が、55番を案内するゼノに頭を下げる。

「おおE様!おはようございます!」今度は55番がもうひとりのゼノへと挨拶を交わす。

「既に挨拶は済んでいるだろう。お前達はいちいち几帳面だなぁ」

鏡合わせのように、2人のゼノが同時に喋りだす。

「どちらも同じ私だよ。何度か説明したじゃないか」

「はぁ…そうは言われても…なかなか慣れないものですよ」

4番が困惑した様子で頭を掻くと、2人のゼノの体が重なりひとつに一体化していく。

「まぁこの方が分かりやすいか。私が2人もいれば4番が余計に気疲れするだろうしな」

「いやぁそんなことぉ…へ、へっへっへ……」

「ならば1万体ぐらいに分身してそれぞれが別の方法で揶揄ってやろうか」

「ゲゲぇ!?い…嫌だなぁ…勘弁してくださいよぉ〜」

「ふふ、冗談だ」

「おい4番!黙って聞いていればE様を煙たがるような言動ばかり!見過ごす訳にはいかんぞ!」

「なぁ!?けむっ煙たがってなんかいねぇよバカァ!黙ってろボケナス筋肉野郎!」

「ボケナス筋肉野郎とはなんだ!筋肉を馬鹿にするつもりなら私が相手になるぞ!だいたい今は朝だろうが!こんばんはとはなんだ!挨拶ぐらいキッチリしろぉ!」

「俺の世界じゃ今は夜なんだよ!いちいち突っ掛かってきてんじゃねえよ鬱陶しい!」

「なんだと貴様!?」

「やるかぁ!?」

4番と55番が顔を近づけて睨み合う。

「闘争心が旺盛なのは結構だが、外に出れば本当の意味で敵同士になる事だってあるんだぞ。同じ施設内にいるうちに仲良くしようとは思わんか?」

ゼノの言葉を聞くと、両者は困った表情で互いを見つめ合い、諦めた様子で小さなため息を吐いて戦闘態勢を解く。



T字路の左右から合流してから、長く広い一本道をひたすら進み、自動で開いた巨大な扉を潜る。

ゼノの後に付いていく両者は30年近くこの施設内で過ごしているが、施設の全貌などまるで把握しておらず、自分が今歩いてる道が何処なのかも分かっていない。なにせ途方もなく広大なのだ。地球よりも巨大な居住スペースがいくつも並ぶ施設は、種族にもよるが、常に効率的なルートを選択しないと、全貌を把握するどころか、隣の居住スペースに移動する前に寿命が尽きてしまう。道案内に適した道具や生物は無数に存在するが、ヒーローを目指すものに自分で物事を解決する力を付けさせる為にと、それらは敢えて必要最小限の数しか活動していないのだ。


「このエレベーターに乗り込め」


広間に出ると大小様々なエレベーターが無数に立ち並ぶ。その中から、いちばん大きなエレベーターへと両者を誘導する。

全長30メートルの星薙が5匹は入れる程の巨大なエレベーターだ。

重厚で物々しいエレベーターが鈍い音を立て、下へと降りていく。

下へ向かうにつれて、徐々に空気が冷たくなる。

「い、E様〜。ちょっと…寒いんですけど…」

4番がゼノの背中へと言葉をかける。

「我慢しろ。もう到着する」

「E様。いったい、どんなところに案内するつもりですかぁ?」

「着けば分かる」

「E様?」


エレベーターが進むにつれて温度はますます下がっていく。凍死するほどではないものの、体の震えがとまらない。


「着いたぞ」


エレベーターの外側は、淡黄檗の光が、暗い部屋を微かに照らしていた。

足元すら確認しづらい微かな光源を頼りに奥に進む。

「55番。お前はこの中に入れ」

「は、これに…ですか…?」

ゼノが指差した先には、55番がすっぽりと入るようなサイズの箱が立て掛けられていた。

「はぁ、これに入ればどうなるのですか?」

55番が、こんこん、と箱をノックする。

「入れば分かる。悪いようにはせんさ」

「はぁ…わかりました」

言われるがままに55番が観音開きの戸を開けて中に入る。

「少しのあいだ待機していろ。4番はあっちだ」

暗い通路の奥に行くほど、左右に整然と立て掛けられた無数の箱のサイズが大きなものへと変化していく。

この時点で既に、4番の胸中にえも言えぬ感情が立ち上っていた。彼が抱いた幾ばくかの不安は、遠い後ろの方で聞こえる、扉が閉まる物音で確信へと変化した。

「どうした」

動きを止める4番へゼノが声をかける。

「E様、俺はいまからどうなるんですか?」

「悪いようにはならん」

「具体的に答えてもらいませんか?」

隠すよう努めているが4番の重心が僅かに上がる。ゼノを見ていた彼の目は、睨むと表現した方が適切な目付きへと変化していく。

「眠ってもらう。少しだけ長い眠りだ」

「眠ってもらう?なぜ?長い眠り?どれぐらい?いつもの寝床を離れ、こんな狭い箱の中で眠れと言うのですか?」

「少し反抗的じゃないか?私の言うことが聞けぬのか」

「前から気にはなっていたんだ。100点に到達して、正式なヒーローになった奴等は、必ず次の日に姿を消していた。今までは、正式なヒーローになった奴はすぐに外界の神に買い取られて外に出て行ったんだと思っていた。それだけ外界はヒーローを、力を望む奴で溢れているんだと思っていた。ここに来てようやく勘違いに気づいた!なんだこれは!?なんだこの空間は!?え!?まるで棺桶の立ち並んだ墓地じゃねえか!?」

4番が大声で怒鳴る。感情的になった彼はもはや敵意を隠そうともしない。

「……棺桶では無い。コールドスリープ装置だ。正式なヒーローとなった者は、買い手が見つかるまでここで眠りにつくのだ。眠りにつく瞬間、生物の魂は外から加えられる力への抵抗力を失う。抵抗力は眠りが深ければ深いほど弱まり、コールドスリープによる、生物の常識から逸脱した眠りは、大いなる意志によって死の一部とみなされ、魂の絞りかす、残留思念が肉体からあふれでる。魂の絞りかすである残留思念を回収してから特殊な機械で培養する。魂と呼べる状態にまで成長したエネルギーには、私が直接、ある呪術を施す。呪術を施した後に、クローンで大量生産された同種族の肉体、お前で言うところの別の星薙に人工魂を宿す。人工魂を宿された種族はそれぞれが生息に適した区画へと送られ、そこで自我を得て育ち、魂が人工の者と、そうでない者とに別れて生存競争を始める。全部が全部ではないが優れた者の魂を受け継いで産まれた者は他に比べるとやはり優秀でな、同種族の中でも他とは比べ物ならない程に優秀な生物、即ちヒーローを、自然の摂理を超える速度で人工的に創り出す」

「なんだよそれ。俺たちは実験動物かなにかか?呪術?なんのためにこんなことを」

「その他大勢の中から、明確な個として輝く者が誕生する原理の核心に迫る仕組みだ。質問はここまでだ。早く中へ入れ」

「だまれ!!もうあんたには従わねぇ!!」

4番の大鎌がゼノへと迫るが、ゼノの体に触れた鎌は、虚しく体を通り抜ける。

「私は物質にも非物質にも変化できる。お前の攻撃は私には届かない」

「卑怯だぞ!正々堂々戦え!」

4番の鎌が幾度となくゼノの体を通り抜ける。

「正々堂々とは、同じ土俵でやれと言うことか?」

非物質から物質へ変化したゼノの首筋に鎌が直撃するが、ゼノの首は薄皮一枚傷つかない。

「くっ!おぉおおぉぉおぉ!!!」

4番が大きく振りかぶり、全力で鎌を交差させてゼノの胴体を挟む。巨大なカマキリが巨大な鎌で華奢な体を引きちぎろうと力を込めるが、ゼノが鎌を押し広げようと腕を開くと、4番はなんの抵抗もできないまま、鎌を外側へと広げられていく。

「お前の身を案じてひとつ教えてやる」

4番の眼前にまで飛び立ったゼノが、哀れむような表情で告げる。

「種族の壁は越えられぬ」

ゼノが軽く指を弾くと、かつてない凄まじい衝撃が4番の頭部に激震を走らせる。

一撃で全身の力が抜け、地に付した4番が、恐怖に満ちた表情でゼノを見上げる。

「怯えるな。なにも死ぬわけじゃないんだ」

「…ひゅぅ……ひゅぅ…ち……違うんだ…なんか…その中に入ると…もう二度と目覚めない気がするんだ……俺が俺でいられなくなる気がするんだ……」

「全ての生物は未知に恐怖を抱く。単なる妄想の肥大化だ」

ゼノが4番の鎌を掴んで巨体を引き摺る。

「待て……やめろ…やめてくれ……いやだ…いやだ……いや…E様…待って……待ってください……あ…ああああぁあぁあぁああぁあぁぁあぁぁぁあ!!!」

4番の悲痛な叫びに遅れて、星薙を入れる為の巨大な箱が自動で閉まり空間に轟音が響く。その一方では、試合場に降り立った別の意識体は、宙を漂う魂に目をつけていた。


『完全に死んでしまった魂は大いなる意志の在る世界へと誘われ、再び現世のどこかへばら撒かれる。大いなる意志は魂の循環を妨げる異常を認めぬが、生物が生命活動を維持する為の食事には寛容だ』


ゼノの髪が試合上を漂う全ての魂を捕らえ、捕らえた魂の全てを喰らう。

『全てを私に捧げよ。お前達が一生で得た全てを、記憶を、感情を、お前達を個たらしめる精神の全てを私に捧げよ』


貪欲に全ての魂を貪り尽くしても渇きは癒えない。


『足りぬ。まるで足りぬ。赤子が自我を得る年齢まで成長する為に必要なエネルギーの総量が虫と人とで違うように、彼等が生涯で得た情報をいくら吸収したところで、神である私の中の何かを満たす量には遠く及ばない』


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