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夢を創る夢

作者: 雪月花

あの頃は苺を食べても何とも思わなかっただろう、と思う。ただ甘いなとか酸っぱいなとか、単純な感想しか出てこなかった、と思う。あの頃には戻れないのだからあの頃の自分の気持ちは予想することしかできないのだけれど。

でも今の私は違う。今苺を食べたなら、今の気持ちを直接感じることができる。

とある日の休日。何となく贅沢したくなってスーパーで買った苺を頬張りながら思う。甘酸っぱいな。青春って、こんな味をしてたんだな。美味しかったな。あの頃の味がするーー




✱✱

高校1年生の春、私は早くも後悔していた。悩んで悩んでその末に決めた部活動は放送部。この日は入部届を提出してから初めての顔合わせの日だった。放送室に入ると、個性的な先輩方、そして、派手ではないのに雑誌の読者モデルのように華やかな風貌の1年生女子がいた。他の1年生は男子が2人で、これは3年かかっても馴染めなそうだと楽しい高校生活を諦めかけた。



…まあ、それでも色々あって1年足らずで仲良くなる。性格が正反対だけどそれがまた居心地が良いなんて学生生活でよくある話。一緒に過ごす時間が長い相手とは仲が深まっていくのだ。



そんなこんなで高校生活も2年目に突入する。放送部には年に2回大会があった。数分程度のドラマやドキュメント番組をラジオ形式やテレビ形式で作り、その内容やら技術やらを競う大会だ。もちろん放送部らしく朗読やアナウンスで競う部門もあるが、私は番組制作の方に重きを置いて活動していた。

私は、ドラマの台本を書きながら「この役はあの人がいいな」とか「これはあの場所で撮影したいな」とか考える時間が好きだった。同じ学年の4人で大会に向けての案を練る時間も、話が脱線して世間話をする時間も好きだった。

そうこうしている間に時間はすぐに過ぎて、いつの間にか先輩方は引退していて、後輩達が戦力となっていた。仲間が変わっていっても部内の心地良さが変わらなかったのは、他の3人のおかげだろうか。作品を作り終えた達成感だとか、大会で賞をとった喜びだとかを共有する楽しさを身をもって知った。もちろん、悔しくてみんなで落ち込むこともあった。




✱✱✱

「私の青春も人並みだったなぁ」

苺を食べ終わって呟く。保育系の短期大学2年目の私は就活先からの内定をもらい、卒業までのゆったりとした時間を過ごしている。私は物心ついた頃から保育士になることが夢で、そこに向かって今まで走ってきた。走り終わって、保育士のスタートラインに立とうとして気づいた。


"私がしたいことってこれだったっけ"


私はあの放送部での時間を過ごして、ゼロから何かを創ることが好きだと感じた。できることならずっとこのまま生きていきたいと思ったのだ。どうしてこんなに放送部が好きだったんだろうと考える。部員が好きだったから?楽だったから?ぼうっとしながらふと時計を見ると午後14時……


「ああ!バスに遅れる!!」


苺の皿はそのままに、急いで身支度を始める。今日は演劇部の公演を見に行く予定があったのだ。放送部で同学年だった女子が大学で演劇部に入ったようで、今回の公演の脚本はその子が書いたらしいのだ。「見に来る?」と誘われて見に行かない理由は見当たらなかった。

持ち物を確認して、コートを羽織って、バス停まで走って…その間にも私はあの頃を思い出してしまう。




✱✱✱✱

「新しいドラマの台本書いたよ!見て!!」


その子は新しい物語を思いついた時、いつも最初に私に見せてくれていた。


「読む読む!」


台本を読んだ瞬間私の頭に世界が広がる。そしてつい微笑んでしまう。


「この役はあの子がハマり役だね」


「そうなの、書いてる間ずっとそうだと思ってたんだよね!それでそれで、ここのところをもっと違う感じにできないかなって思って…」


その子の話は止まらない。私はその子が広げる物語が好きだった。次から次へと出てくる登場人物が皆輝いていて、人物同士の掛け合いは面白く惹かれた。素敵な世界だった。その世界を創るための相談に乗れることは私にとって小さな誇りだったのだ。いつの間にかその子の創る世界は、私も一緒に創っているのだと感じていた。




✱✱✱✱✱

「…素敵な世界だった」


その子が脚本を書いた公演を見終えた帰り道。公演は大成功で、物語の節々にはどこか懐かしさを感じた。あの子がどんな風に脚本を書いたのか想像できてしまう。公演を見ている間ずっと、あの頃台本を読んだ時と同じ気持ちになった。いや、同じではなかった、少し違った。公演での素敵な世界は、私に相談されることなく1つの形となっていた。私の知らない人達がその世界の住人となっていた。私がいなくてもその世界は確かに輝いていたのだ。

この感情から納得する。私があの頃に囚われているのは、その子や他の部員との思い出のせいだと。私はただ楽しかった頃を思い出しながら現実逃避しているだけだ。


"私のしたいことってこれだったっけ"


それは気のせいだったのだろう。と、自分に言い聞かせていた時。突然ヴヴヴ…とコートのポケットの中でスマホが震える。小学生の頃の同級生からの電話だった。


「もしもし」


「あ!やっと出た!」


「ごめんちょっと演劇部の公演見ててさ」


「えっごめん何回も掛けてた!ねえ明日あたしの家に来れる?」


「行けるけどどうして?」


何かあったのだろうかと不安な気持ちが募ったが、


「小学生の時にみんなで埋めたタイムカプセル覚えてるかな、それ明日開けてみようって他の子と話してたんだよね」


この言葉で安心した。と同時に、カプセルに入れた手紙に何書いたんだっけとまた不安になる。変な事書いてないといいけど。


「じゃあ明日の10時ね」


「うん待ってるねー」


それからはタイムカプセルのことで頭がいっぱいになって、何だか重くなっていた気持ちが少し軽くなった。




✱✱✱✱✱✱

翌日。手紙以外にも何か入れてたっけ?覚えてないね、というような話をしながら開けたタイムカプセルには、結局1人ひとりが自分に宛てた手紙しか入っていなかった。私は自分からの手紙を緊張しながら開いた。


『20才の私へ

元気ですか?私は元気です』


普通の挨拶から始まった手紙だった。私はこの頃から何だか平凡な子だったんだなぁと思う。と、ある文が目に留まる。


『今は何をめざしてるの?私は今、保育士さんになりたいです』


「それは叶うよ」


と、幼い頃の自分に伝える。


『でも本当は、まんが家さんにもなりたいです』


そんなこと言ってた頃もあったなと思う。


『自分で考えた楽しいものをたくさんの人に知ってもらえることがしたいから』


この頃は漫画家にだって頑張ればなれるって思っていたのだ。この後、現実を見ないといけない年齢になってからは諦めたけれど。


『私がつくった世界をみんなに教えたいです』


このひと言で心が揺れ動いた。揺れ動く心が私に教える。その気持ちはもしかしたら、きっと今も。無意識のうちにかっと目頭が熱くなる。


"私はまだ創りたい、誰にも想像できないような私の心を表現したい"


私の心の声はぽろぽろと涙となってこぼれ落ちていく。カプセルの周りでそれぞれの手紙を読んでいた友達に心配されてしまった。




✱✱✱✱✱✱✱

私にはもう、苺味の頃の仲間はいない。あの贅沢な時間はとっくに過ぎてしまった。これから何かを創ることができたなら、それはどんな味がするだろう。どんな味も苺には勝てないかもしれない。私にとってその味は特別だから。

そんなことを考えるこの頃。私は就職のための準備を進めながらも小説を書くことにした。少しずつでも、私にしか創れない世界を創っていきたいと強く思うのだ。そしてもし、その世界を誰かが見てくれたなら。


私の夢は、いつか叶うかもしれない。

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