がめついパイロット ロックドラゴン
読んでいただけたら幸いです
ジャンは左腰に剣を下げたまま腕をだらりと下げて暗闇の中を歩いていた。
森の中で空は今にも降りそうな雲に覆われていた。
後ろに青き盾の4人のメンバーがそれぞれの得物を構えておっかなびっくり従っていた。
闇は深く1mも離れてしまうと前を歩いている仲間の背中も見えなくなる。
ジャンが振り返った。「近くに魔物はいない。そんなにがちがちになっていたらいざという時に動けなくなるぞ」
「どうして魔物がいないなんてわかる?」青き盾のリーダーで魔法使いのジョージが小声で質問した。
「魔法だが」何気なく答えた。「んな魔法聞いた事ねえぞ」「俺のオリジナルだからな」
ジョージが肩をすくめて黙り込んだ。
ジャンが左手を上げて、「100m先に対象がいる。リーダーさん、作戦は?」
青き盾が円陣を組み頭を寄せて打ち合わせをした。
「あいつに本当に6割も渡すのかよ」ジャンをチラ見して盾士のロブが不満を漏らした。
剣士のスティーブと僧侶のエルトンが小さく頷いた。
「だが彼のおかげで何事もなくここまで来られたんだ。彼に6割を支払っても借金は返せる。
それが最優先だろう」
不満顔のロブだが反論できない。借金を返せなければ奴隷になる。
衣食住は保証されるし、少ないながらも給料ももらえる。それを貯めて解放してもらうこともできる。
それなりの年月は自由を奪われ、解放される頃には青春が終わってしまう。
もとはといえば彼らの判断が甘く依頼失敗による借金だ。
納得はしていないが頭を振ってこれからに集中した。
青き盾たちが足を忍ばせ、腰をかがめてロックドラゴンに接近した。
ジョージとスティーブが散開して先行した。
彼らの行動をジャンは面白そうに腕を組んで眺めていた。
見えないはずの彼らの姿を追いかけていた。
ジョージは木の幹に描かれていた模様を頼りに走っていた。
スティーブは木の幹に書いてある数字を数えながら進んでいた。
ロブはエルトンを守りながら、目印となっている上空の光に向かってゆっくりと歩いていた。
エルトンもロブの背中ではなく空にある光を見つめていた。
彼らに目印の存在を教えたのはジャンだった。
ジャンが教えるまで4人はそれらが見えていなかった。
見えていなかったのではなく、いつの間にかジャンがそれらを用意していた。
ジョージとスティーブは所定の位置で立ち止まった。
二人の前には空中に『STOP』が浮いていた。
冷静であればこんなところに文字があることに疑問を抱くのだろうが、2人ともそんな余裕はなかった。
ロブとエルトンの前にも『STOP』の文字が立ちはだかっていた。
ジョージとスティーブが空を見上げた。光がぽつんと浮かんでいた。
光がスッと落ちた。落下地点に向けてジョージが魔法で風の刃を落とした。
エルトンが弓を引いて矢を射た。矢は風の刃と寸分の狂いもなく同じ場所に落ちた。
怒ったロックドラゴンが口から炎を吐きだした。ロックドラゴンはエルトンを標的にしていた。
エルトンの前にいたロブが盾で炎流を空に流す。
ロックドラゴンの鱗は傷一つついていない。眠りを邪魔されたことにいらだっていた。
ドラゴンとしては下位種のロックドラゴンとはいえ、頑丈な鱗は低位の魔法や矢などものともしない。
剣もよほどの業物でなければ鱗をはがすこともできない。
忍び寄ったスティーブが剣をロックドラゴンの右足の膝あたりに振り下ろした。
カチンと弾かれた。よほどの業物でなければ剣で鱗を剥がすことすらできない。
ロックドラゴンが右前足の爪でスティーブを引っかけようとした。
スティーブは膝を曲げ屈んで爪をかわした。爪が髪の毛を10数本さらっていく。
居座っているいるドラゴンに向けてジョージが氷の槍を飛ばした。
腹や胸に当たったがすべて即座に消えた。ロックドラゴンの炎がジョージを襲う。
ジョージが炎弾で迎え撃つ。炎が対消滅した。
ロブとエルトンがロックドラゴンの前までやってきた。
エルトンの矢がほぼ水平にロックドラゴンに迫った。
ドラゴンの炎が矢を消し炭にした。
ジャンがどこから出したのかロッキングチェアにもたれながら缶ビールで喉を潤していた。
「作戦としては悪くないけど、このままだと失敗するなぁ」
高みの見物で手伝うつもりなど全くなさそうだ。
青き盾たちの攻撃は続いたが、同じことを繰り返すばかりで単に消耗しただけだった。
ロックドラゴンが1ミリたりとも動かないことで、辛うじて命を拾っていた。
エルトンが詠唱して3人の疲れを癒す。それでも最初のころに比べると動きが鈍い。
ジョージが肩で息をしながらジャンの元に走ってきた。
くつろいでいるジャンに目を丸くした。いくら道案内だけの約束だとしてもあまりにひどい。
リーダーとしての責任からか怒りをぐっと沈めた。
「助力を頼む」頭を下げた。ジャンは缶を消した。
「9割になるけどいいのかい?」弱みに付け込んでいた。
リーダーの肩がわなわなと震えた。「7割だ」絞り出すような声だった。
値踏みするような目つきで、「8割5分」
すかさず、「7割2分」値上げ交渉のようだ。
「8割。これが出せないのなら交渉決裂だ。ただし、少なくと町には帰してやる。生きてか死んでかはあんたたち次第だが」
まだ諦めきれないのか、「ところでどうしてロックドラゴンはあそこから動かない」
「分かっていなかったのか。あいつの下には卵があるんだ。だからだよ」
愁眉を開いたようになった。「卵代も含めて8割でいいんだな」
「ああそれでいいよ」ジャンは尊大に頷いた。
ジョージに命じて青き盾はいったん退いた。
ロッキングチェアはいつの間にか消えていた。
散歩でもするかのようにジャンがロックドラゴンの巣まで歩く。
ロックドラゴンは威嚇の唸り声を上げた。
さらに踏み込むと口からの炎でジャンが包まれた。
青き盾たちは息をのんだ。いけ好かなくとも目の前で死んでは目覚めが悪い。
火が消えるとジャンが無傷で立っていた。服に焦げ跡すらない。
ジョージは呆然とした。魔法の障壁を纏ったのだろうと推測したが、それでもかなりの熱にさらされる。
火を防いでも熱は防げない。だから炎をそらすのが普通だ。
ジャンがどのような魔法を行使したのか説明できない。
ジャンが右腕を突き出した。掌を広げて上に向けた。
何かを持つかのように指を動かすと一気に握った。
ロックドラゴンが一瞬硬直した。そのまま前方に倒れた。
無造作に近づいた。空中からロープが3本垂れ下がってきた。
ジャンが青き盾に指示してロックドラゴンの尾と両後ろ足をロープで結んだ。
青き盾たちが高価なポーションを地面にこぼした。
4人とも悔しそうに顔をゆがめていた。最低でも1本銀貨5枚、10本すべてだと金貨5枚にもなる
青き盾にとって貴重な財産を捨てる。対ロックドラゴン戦での傷は治っている。
でも帰り道で怪我をしないという保証はどこにもない。
ロックドラゴンが逆さづりになった。ポーションが入っていた瓶をロックドラゴンの下に並べた。
ジャンが右手の指を揃えた。そのままロックドラゴンの首に手を刺した。
手が首にのめり込んでいく。引き抜くと血が瓶に入っていった。
1つがいっぱいになると次の瓶に血の流れが変わる。
手品を見られているようで気持ち悪くなった青き盾たちは吐きそうになっていた。
ドラゴンの血は10本では足りなかったが、残りはジャンがどこからか調達した瓶に収まった。
ジャンは仕事は終わったとばかりにロッキングチェアに座った。
青き盾たちはロックドラゴンの鱗を剥ぎ、皮をむき、死体を解体した。
ジョージのマジックバッグにロックドラゴンのなれの果てと2つの卵を収納した。
すべてを格納するためにマジックバッグに入っていた青き盾たちの私物を置いていくことになった。
ジョージたちの顔は緩みっぱなしだった。
借金を返しても手元に金貨100枚が残った。
この金を元手に冒険者を辞めて畑を耕す生活をすることにした。