表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スプーンに時雨  作者: 水菜月
第1章 時に雨は降り注ぐ
5/50

第5話 「雨の庭」には二羽


 カフェ「雨の庭」の由来は、店長である時雨菜月しぐれなつきによるものらしい。名前通りに雨に好かれてしまった、肝心な時に雨降りの彼女に捧げられた店名。


 「雨の庭」はカフェの奥側が、小さな庭に面している。都会の一画とは思えないような、さりげない誰かの家のような自然な庭。

 蔦の絡まる窓の近くでのきらきらした昼下がりの時間は、そこにふわりとスポットライトが当たって、やさしい光が注ぎ込む。紅茶の黄金色に似たその光は、お客さんをしあわせに包んでいるみたいにやわらかい空気に包まれる。


 一方、雨の日には、その光は少し物憂げになる。けれど、草原のような無邪気な庭の葉に、しっとりと霞みがかかっていくのを見るのも、また落ち着いた気分になれるの。心の中までシャワーで洗い流されていくかのように。

 今の季節はスズランの白い花からぽたりと雫が落ちるのを、そっと掬いに行きたくなる。



 そんな居心地の良さと共に、ここの人気はおいしいメニューにある。キッチン担当のジローさんが定番と共に準備する「日々の気まぐれ」は大人気のランチだ。

 或る日はローストチキンサンドイッチ、また或る日は夏野菜のキーマカレー。直接農家さんと契約した季節に合わせた旬のおいしい野菜が使われてる。

 五月はたけのこを使った和御膳もあったなぁ。賄いもお裾分けがあるから、いつもしあわせなんだぁ。


 時雨さんはカフェ担当だけど、メニューの開発はジローさんと一緒に考えているから、よく厨房でも意見を交わしている。

 というか、時雨さんは全てに携わる総合プロデューサー的役割なんだよね。毎日カメラで撮影したカフェの写真をinstagramで更新してるし、フリーペーパーも作ってる。流れている音楽も、置いてある本のセレクトもみんな、時雨ワールド。



「パティシエの香織さんって、きれいですね」

 休憩中、思わず漏れてしまった私の発言を聞いて、時雨さんがニヤニヤ笑ってる。

「そっか? まあ美人だけどな。香織はちょっと男に媚売りすぎだろ」

「女から見ても色っぽいというか、モテルんだろうなって。いいなぁ」

って言ったら、時雨さんが目を丸くしてこっちを向く。


「あのさ、もしかして結花ちゃん、自分に自信がないの?」

「ないですよぉ。なんか私ってちんまりって感じなんですもの。高校の時『ぴょこん、ぺこっ、ちょこん』って言われたことがあって」

「はい? 何それ」

「私の『起立・礼・着席』の感じらしいです」

 あれ、時雨さん、下向いてなんだか肩が震えてませんか。笑いすぎです。


「ね、最近カフェに男の客、ふえたと思わない?」

 あははと涙を拭きながら、時雨さんが私の目をまっすぐ見る。うわ、きらきら光線だ。

「そういえば、男の人一人でいらっしゃるお客様が結構いますね。このカフェって、断然女の人が多かったですよね」


「結花ちゃんがバイト入ってからなんだよ。案外本人はわかってないんだな。君は自分の魅力に気付いてない蕾なんだ」

 またそうゆう気障なことを平然と言うー。

「カフェのみんな、君の名前を知らない頃は、ふわぽわちゃんって呼んでたんだ。まったく作戦通りだよ。君を雇うことにした当初の目的バッチリ達成だ。なかなか自分の見立てにほれぼれするな」

 ウィンクして説明する時雨さんに、私は心底びっくりしてしまった。


「カウンターによく座ってるあの子がバイトに来てくれたら、絶対人気でるよねってみんなで言ってたんだよ。学生だろうから夕方からならどうだろうかって。君が通りを歩いて来るのが見えた途端、キュー出して『バイト募集』の張り紙を貼ったんだよね。そうしたら、元気よく『はーい』って手をあげてくれて、やった!って、キッチンにもサムズアップ送ったんだ、あの日」

 わぁ、そんな経緯があったんだ。ここでの私、そんなはじまりに仕組まれてただなんて、嬉しい。


「あのね、君の存在ってもうなんかね、かわいくて仕方ないの。そのまっすぐな瞳で相手見つめて小首かしげてごらん、ふわぽわ結花ちゃん」

 ええっ、テレチャウ。どうしよう。

「たとえて言うと、このイメージだな」

 そこにあった一冊の絵本を手渡される。

 ジョン・ベーメルマンス・マルシアーノさんの『マドレーヌとパリのふるいやしき』。パリの寄宿舎に暮らしてる、まるい襟のお洋服が似合う絵本の中の女の子。

 え? は?


 あった、あった。そう言って、私に近寄ってくる時雨さん。

「じっとしてて」

 そう言って、私の髪にカチューシャみたいに空色のリボンをくるんって結ぶ。頭のてっぺんにリボンの結び目が揺れる。

「ほら、プレゼント出来上がり。かっわいいー」

 あはははーって声上げてる、いたずらっ子みたいな時雨さん。なんというか、もしかしすると、私ってちっちゃな女の子扱いかもしれません。むぅ。



 休憩が終わってカフェに戻る。いつのまにか小雨が降り始めている。

 葉を打つのは、夏の訪れを知らせる静かな音。まだ涼やかな日々。


「時雨さん、ね、また来てる」

「あ、ほんとだ」


 雨の庭の木の枝に、二羽の小鳥が雨やどりに来ているのだ。

 淡いピンク色したなかよしの子たち。一体何処からここに来てるんだろう。


 カフェラテになさいますか? それともピンクレモネードにしましょうか。

 グラスは一つで、ストローは二つかしら。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ