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スプーンに時雨  作者: 水菜月
第1章 時に雨は降り注ぐ
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第2話 いつのまにか隣で眠ってる


「ああ、ごめん。ほぼ99%くらい誤解されるんだけどさ、私、女なんだよね。この声で、この喋り方だろ。眉毛は上がってるし、無理もないんだけどね。これでもノーマルだよ」


 口がお魚みたいにぱくぱくしている私に、時雨さんは呼びかける。

「おーい、ダイジョブかー」と、目の前で手をひらひらさせながら。

 だ、だめです。ショックがでかすぎて無理です。理解できません。

「ごめんなさいっ」

 とにかくその場から逃げるように歩き出すのが精いっぱいだった。


 部屋に帰ってシャワーを浴びながら、混乱した頭を冷やそうとした。

 私、女の人、すきになっちゃったんだ。いつのまにか、だいすきに。

 片想いは覚悟の上だったけど、こんな形で失恋するなんて。

 あ、これからどうしよ、バイト。……もう続けられないよね。


 よくよく考えてみたら、思い込みってのは恐ろしい。

 一人称は「私」だったんだよね。俺でも僕でもなくて、わたし。でも、男の人でも「私」の人っているんだもーん。


 結局、夜の間ずっと眠れなくて、あれこれ自分が仕出かした恥ずかしい告白を思い出してはうなされてた。

 とにかく今日はだめだ。お休みの電話をカフェに入れる。

 時雨さんが「わかった。でも、明日は来いよ。待ってるから」って。


 待ってるから、待ってるから、待ってるからー。うわぁあ。

 耳ふさいでも彼女の声がこだまする。ああ、だいすきなあの声。


 一気にものすごい疲れが襲ってきて、私はそのまま倒れ込むように眠ってしまった。


 目覚めた時にはもう日は傾いていて、薄紅色の夕暮れの空がきれいだった。ベランダに出て、外の空気を思い切り吸う。ああ、世界は変わっても終わってもいない。

 私はどうすればいいかな。もう見てるの辛い。

 でも、もう会えなくなったらもっと辛い。そんなのやだ。


 ねえ、私の恋ってそんな程度? 相手が女だったら、とっとと退散しちゃうくらいの想いだったの? 自分を挑発するような質問を投げかけてみる。

 だってノーマルって言ってたよ。女なんだから、時雨さんがすきになるのは男の人。恋の相手としては絶対選んでもらえないってことなんだよ。いいの、それで? 大体私だって女の人すきになったのなんて、初めてだよー。


 次の日カフェに行ったら、いつもと変わらない笑顔で時雨さんは迎えてくれた。

 だから私は自分の気持ちは封印して、ここにいようと決めたんだ。だって、時雨さんは時雨さんなんだもの。もうだいすきなんだから。正直、女だって構わないよ! (ええー?)


 ともかく私は仕事に打ち込んだ。今までぽわわんと見とれてばかりだったから、ちゃんとここの戦力にならなくちゃ。ほら、きちんと笑顔で接客しよう。



 私の告白から1週間くらい経ったある晩、時雨さんが「この後飲みに行こっか」と閉店後に誘ってくれた。あ、見るにみかねて慰めてくれるつもりだな。


 時雨さんが行きつけの、Bar『Rain's Coat-レインズコート』に連れて行ってくれる。

 レインコートRaincoatじゃなくて、Rain'sなのはなぜ。

 目印の看板には、小さな男の子がレモン色のレインコートを着ている絵。その子の胸には「雨」って名札がついていて、空色のおっきな傘持って、青と白のしましまの長靴を履いてるの。雨君なんだね。


「こんばんは、グレ。かわいいお連れさまと一緒とは」

「マスター、この子に似合うカクテル作ってやって。度数は低めのね」

 出てきたカクテルは淡いイエローで、匂いはパイナップルジュースみたいだった。飲んでみたら、夏の海岸のトロピカルな風が一気に吹いた。おいしーい、トコナツ。

 BGMに昔のミュージカル映画『Singing in the Rain』がかかって、めっちゃスキップしたくなる。


「ね、結花ちゃん、バイト辞めないでね」

「はい、辞めません」

 即答。ついでに、あなたをすきな気持ちも、自分の心の中では忘れません。


「いや、こんなこと言うのも何なんだけど、いつもこのパターンでバイトの子やめちゃうんだよ。女だってわかると離れてくから、いいかげん女らしくして、誤解ないようにすればいいんだけど、もう長年こういう感じだから今更ね」

 ふぅ、そうだよね。普通は女だってわかったらすごすご引き下がる。


「時雨さん聞いていい? 恋人いるの?」

「ああ、あはは。相手うちのオーナーだよ。時々いるでしょ、髭のオッサン」

 え、あのちとワイルド系の渋い髭の男の人が、時雨さんの恋人ー!

 いやいやきっとテレカクシでオッサンだなんて言ってるけど、まだ20代後半ってとこじゃないかな。二人とも違うタイプのイケメンで、気の合う友人だとばかり。

 そうだね。時雨さんに釣り合うとしたら、そういう大人な人だよね。


 時雨さんが煙草に火をつける。

 吸ってるとこ初めて見た。まだまだ知らない時雨さんの一面。

 細長くてきれいな指にメンソールの煙草をはさむ。男の人にしてはしなやか過ぎて、女の人にしては大きすぎる手。いつだって爪も深爪に近いくらい短く切ってる。中性的で紛らわしいことこの上ない。

 ふぅーって眉間にしわよせて吐き出す煙。すごくまずそうだよ。


「でもさ、私、ほんとに結花ちゃんがかわいい。手放したくない」

「時雨さん、私すきって伝えたんですよ? そんなこと言われたら期待しちゃいます」

「それは、私を男だと思ってたからでしょ」

「そうなんですけど。でも、もう私、あなたが女でもいいんです。どっちだって時雨さんは時雨さんで、だいすきには変わりなくて、どうしようもなくて」

 時雨さんの意地悪。ちゃんと封印しようとしてるのに。


「あれ、この子、泣き上戸なのかな」マスターが心配そうにのぞき込む。

「相手してあげれば? グレ、経験ないわけじゃないだろうに」

 そう聞いた瞬間、気づいたら訳わかんないこと発言してた!

「はいっ。お願いします。ゆりってよくわかりませんが、何でも言うことききます!」

 


 そして、目覚めたら朝だった。しかも、自分の部屋じゃない、よ。


 え、えええー。と、隣に時雨さんが眠ってるー。

 うわー、私、どうしよー。何があったー。






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