幸せの中の偽物
「お疲れさまです、今出勤ですか?」
休憩室に入ってきた小早川さんに僕は笑顔で聞いた。
もう人出は十分足りているはずだが一体どうしたのだろうか。
「あー、いや、ロッカーに置きっぱなしにしてた音楽プレイヤー取りにきただけ。なんか忙しそうだね」
「いや、もうだいぶ落ち着いてきましたけどね。雛森さんよりに休憩いただいています」
「それにしてはずいぶん汗かいてるけど」
そういえば、額と首元が汗でびっしょりと濡れていることに気づいた。休憩室のクーラーがやけにヒンヤリと感じたのはこのせいだったのかと納得した。
こんなに汗をかいた覚えはないが、おそらく......
「いや、でももう大丈夫です」
表情の陰りを押し隠し、僕は笑顔を張り付ける。
ふーんと、これといって興味はないことを隠さず小早川さんは生返事をする。
「そういえばさ、幸せの手紙って、今このファミレスで噂になってるじゃん?」
「ん?うん、そうですね。お客さんの間で噂のやつですね。あれがどうかしました?」
彼女からそんな話題を振ってくるなんて珍しい、と悠長に構えていたのもつかの間、彼女のまとってる雰囲気が変わっていた。鋭利な刃物を彷彿とさせる冷たさ。
彼女の冷たい目が僕の目をじっと見つめる。先ほどまでの、行き場のない両目が、明確な目的をもって僕を捉える。
「あれ実は、私が作ってるんだけどさ、魔法のまじないを込めてね。私が見覚えのない偽物が混じってるみたいなんだよ。今いるお客さんで三人組の子供いたじゃん?あの子には手紙を出した覚えはないんだ。なんでなんだろう。何か知らない?」
すでに心の中で目星はつけている、言葉ではなく彼女の目がそう告げている。
幸せの手紙の作成者が自分であるとあっさり明かすほどに、彼女は僕に対して強いメッセージを送ろうという気持ちが伝わる。
だから僕は、彼女の両目を見つめ返し言葉を投げつける。
「知らないな。僕は何も関わっていないよ」
僕は張り付けた笑顔を崩さず答えた。
そして右手に入った紙切れを、ぐしゃぐしゃに握り潰した。