電波さん、ファミレスバイトを始める。そのに。
俺はおそらくきっと、病に落ちていた。
最近食欲がなく、妙にソワソワして急に気分が良くなったり落ちたりという、情緒不安定といっていいだろうこの気分の浮き沈み。
なんなんだ一体。これは一体なんなんだ。
分かってるくせに知らないふりをしようとしてる俺ってホントは真面目な青年なんじゃないかと思いかけたが、ろくな女と付き合ってこなかったくせにどの口が言うかとセルフツッコミ。
そして、今日も俺はあのファミレスにアホな後輩2人を連れて行き、そして散々金髪の彼女に迷惑をかけた挙句ファミレスをあとにした俺の背中には、子泣き爺を背負っているかのような罪悪感の重さを感じていた。
次は1人で行こう。ピアスを外してニット帽を被れば別人にとして認識してもらえるだろう。そして、俺はコインを片手に持ち、自室でひたすら特訓に励んだ。
ーーーーーー
「い、いらっしゃーせ。何名様ですか?」
「1名でお願いします。禁煙席で」
俺はできるだけ笑顔に応えたつもりだったが、彼女の俯きがちな顔には長い金色の髪が垂れ、前髪の合間から見える彼女の表情は緊張と不安でこちらの顔を見向きもしていなかった。
地味にショックだった。ニット帽被った意味あんまねぇなと。
だが、彼女がどんな人間かは、ここのバイトとして働いてるジョーからすでに情報を仕入れていた。彼女の心を掴むポイントはすでに抑えてある。
女の子に好かれるために最も重要なことは、共感。その上でアプローチをするための特訓はしてきた、今日のために。
なんて純愛なんだろう、我ながらこの恋愛に本気なんだと改めて実感する。
「こ、こちらへどうぞ。水を持ってくるのでちょっとお待ちください」
「ちょっと待ってくれ」
俺は彼女を呼び止め、ポケットにしまっていたコインを取り出した。
「お前、この地球のモノじゃないだろ?実は俺も、なんだぜ?」
このあたりの不良グループの頭を張ってるこの俺が。
恥ずかしさのあまり赤面しながら、取り出して右手に持ったコインを相手に見せるように左手に持ち替え、そして、左手から水の入ったコップに瞬間移動させた。
否、瞬間移動させる手品をした。
お、上手くいった。
右手から左手に持ち替えるフリをして右手の中で上手く挟んで隠し持つ特訓は非常に苦労したが最後は上手くいった。
彼女が自分を地球外生命体と思い込む電波な子なら、この超能力(瞬間移動マジック)を見せることで同属だと思わせ、自分の存在を意識してもらえるだろうというアプローチだったが。
彼女の方をチラッと見ると、
「お、おぉ......おお〜。おお〜、すごい、ですね。すごい、手品だ」
バッチリ引いていた。
「い、いや、手品じゃないんだ、生まれた時からこういう能力を持ってるんだよ。俺地球出身じゃねえかんな。ど、同属なら、分かるだろ?」
こういうとこでは潔く手品を認めるのがベターだったが、伴った苦労のせいか、つい食い下がってしまったことに自己嫌悪する。
キャラに合わない電波発言も相まって気分が最高に悪い。
「いや、え。っと。あ、メニューお持ちしますので、少々お待ちください」
あ、逃げられた。
メニューならすでにテーブルの上にあるっつーのに。
断るならもっと上手い理由を作って欲しいところだったが、コミュニケーション能力のなさそうな彼女にそれを求めるのは酷か。
それにしても恥ずかしい。
クスクスと、静かな深夜のファミレスで笑い声が聞こえ、周囲を見渡すと、小早川というネームプレートを付けた、もう1人の女の子のウエイトレスが静かに、だが隠す気もなさそうに笑っていた。
あぁああ"あぁ"あ、ぶっ殺してぇ。
顔の表面と背筋が熱い。
一旦トイレで頭を冷やしてこようと、トイレの洗面台に向かった。
蛇口をひねり、勢いよく流れる水流の中に頭ごと突っ込んだ。
首のうなじを冷やし、火照った頭を少しずつ冷却していく。
とりあえず今日は適当に飯食って帰ろう。
もうしばらくはここに来るのはやめとこうか。
そう考え始めると、なんか大きなイベントが終わってしまったかのような喪失感にかられる。
1人で勝手に盛り上がり、1人で勝手に落ち込み、1人で勝手にイベントが終わらせる。
こんな惨めな気持ちになったのは久しぶりだった。
はぁ、大きなため息を一息つき、ハンカチで首回りを拭いた後、元いたテーブルの席に着いた。そして、金髪の彼女がやってきた。
「メニューは決まったでしょうか」
「あぁ、はぁ」
彼女のどことなく不自然な敬語の使い方も可愛いなと思ってしまう俺は、女々しいのだろうか。そういえば、ぎこちない接客を散々いじられた後もこうしてアルバイトを続けているあたり、根は真面目なんだろうなと思ってしまう。
はぁ......
「メニューねぇ。何にすっかな〜」
俯く彼女の表情を眺めながら片手でメニュー表を掴もうとしたら、空を掴む。
ん?
何度も手探りでメニューを掴もうとしたが全く掴めず、そしてずっと眺めていた彼女の表情が驚きと輝きに満ちていくのに俺は眉をひそめ、思わず視線をテーブルの元に移すと......
浮いていた。
メニュー表がフワフワと浮き、パラパラと勝手にページが捲れていくのを、俺と彼女は驚愕の眼差しで見ていた。
「あ、あなた、ホントに地球外生命体?私と、同属?」
「えぇ〜と。はい、そうですと思います」
頭が真っ白になった俺の口からは、彼女に負けず劣らずの不自然な敬語が漏れていた。
そして、浮いたメニュー表を眺める俺の視界の端で、小早川という先ほどのウエイトレスがこちらに指先を向けてクルクルとその指を回しているのを捉えていた。