電波さん、ファミレスバイトを始める。そのいち。
「……い、らっしゃーせ」
接客に慣れない私は伏し目がちにお客に出迎えの挨拶というものをした。
目を合わせられない、というか怖い。
大勢の人間の注目に晒されるのは、地球の監視という任務の特性上、あまり人目につくのは避けたいということで、ファミレスの深夜の時間帯勤務として、ここリトルボーイなるファミレスでアルバイトを始めてみたものの。
意外と客が、くる。
毎回パフェばかりをやけ食いするくたびれたスーツを着たおじさん、教科書を広げて勉強するかと思いきやずっとケータイをいじっている男の子、この時間帯では普通は寝ているであろうことが推測されるご高齢のおばあちゃん。
そして……今まさに私が接客をしている目の前のヤンキー3人組もとい、猿の集団。
「んだぁ?聞こえねぇーよ姉ちゃん。ちゃんと接客しろよぉ、こっちは客だぞ?」
先頭に立つ金髪オールバックのお猿Aががなり立てる。
「し、しゅいません」
私の拙い接客に猿3人組は大笑いした。
店長曰く、この猿どもは最近になって深夜の時間帯に来るようになったみたいで、接客初心者の私としては相手にしたくない人間いや、猿だった。
正直、辞めたい。
でも店長は、もうちょっと頑張ってみて〜人手不足だから頑張ってみて〜と温度感の低い励ましの言葉を送り、辞めようとする私を引き止めるので、辞めづらい。
シフト表を確認しても楽一さんとは同じシフトになる時がなかなかなく、別に残念って気持ちではないんだけど私をバイトに誘っておいておいておいて……いや、なんでもない。
閑話休題。
「お、おタバコはお吸いに……」
「吸うよ!バリッバリに吸うよ!!俺ちゃんが胸ポケットにシガレット入れてんの見てわかんない?」
赤いニット帽を被る長身のお猿Bが手を胸ポケットに当て、鋭い眼光で私を見下ろしてきた。
「奥の席に……ご自由に」
言葉を言い終える前に、猿3人組はドカドカと大股で歩き、喫煙席に向かっていった。
ーーでもマジ可愛いよなあの子。金髪マジやべぇ。
ーーなんか押し倒せば簡単にパコれそうじゃね?
猿の言語はイマイチ私には理解できなかったが、おそらく低次元の談笑が繰り広げられているのだろうということは容易に推測できた。
私の本来の仕事はこんな次元の低いものじゃないのに。
私は何をやっているんだろう。
この自問自答を何回繰り返したことかと思う。
でも、私がリスクを負ってまでこのアルバイトを始めたことには大きな意味があったんだと思う。なんだったっけ?
その時、ピコーンというお客様スイッチの鳴る音がした。
ピコーン、ピコピコピコピコピコーン。
あの猿3人組がふざけて連打しているのだろう。
この時毎回ギャハハハという笑い声が付属品として付いてくるため、誰が押したかはすぐに判断できた。憂鬱だ。
それにあのお客様スイッチ。
押せばウェイターである私が腰を低くして迎えに行き、メニューをお聞きしなければならず、決してお客様には逆らってはいけないという、奴隷スイッチとも呼べる代物だ。
あれを押されるとき、ウェイターの私と客で強力な上下関係が生まれてしまうことを強く感じる。
私、ザ・奴隷。
そそくさと喫煙席の方まで小走りするやいなや、
「てーかさ、ラインのアイディ教えてよ。電話番号も」
「俺たちは客だよ、拒否すんの?入れちゃうよ?クレーム入れちゃうよ?クビになっちゃうよ?いいの?」
いいです、クビになりたいですお願いします。
とは言えず、平謝りし、メニューの催促を試みる。
「ご、ご注文は決まってるですか。」
「ご注文はうさぎにしてください」
ウサギ、ウサギ料理なんてあっただろうか。
私は注文受付に使うハンディで必死にメニュー検索をしたが、なかなか見つからず、
「そ、そのようなメニューはこの店では取り扱ってないです」
「知ってるよ!!」
猿Aの言葉に再び爆笑の渦が私を巻き込み頭がクラクラしてきた。
「あ〜……、とりあえずドリンクバー3つと山盛りポテト1つで」
3人組の中で1番ガタイが良く両耳ピアスにボウズ頭という見た目ヤクザみたいな猿Cが注文をサラッと言い、それを聞いた私は急いで厨房の方に戻った。
ーーナニ淡白に注文してんすかー。つまんないっすよー。
ーー俺は腹減ってんだよ。つまんねぇ茶々入れんな。
聞くに、この猿Cがお山の大将なのだろう。会話の一部始終ですぐ理解できる。
監視官という仕事柄、私は観察力と洞察力には自信がある。人の細かい仕草だけでなく、その人間が放つ雰囲気を感じ取ることができる。
私がこのファミレス、リトルボーイに引き寄せられたのも、不思議な力を感じたことがキッカケだったのだから。まぁ、まだどの人が能力を持っているかまでは皆目見当もつかないのだけど。
自己賞賛はしたものの、私の最大の欠点である、決断力とコミュニケーション能力の著しい欠如が、主にこのアルバイトをする上で大いに足を引っ張っているというところは誰の目にも明白だった。
はぁ。辞めたい。