彼女って魔法使いだったんだね。(月曜日)
「おはようございます」
「あーっす」
放課後、いつも通りレストランの裏口から入り店長に挨拶、ロッカールームに向かい、バイト用の制服に着替えた。
ファミレス『リトルボーイ』のバイトに入って3か月。初めてのバイトだがもう慣れてきたなと、エプロンの帯を結んで厨房に向かった。
年齢は16歳、学力は中の上、友達の数はまあまあ、恋愛経験はなし、いたって普通の男子高校生で平凡平凡、超平均的とも思える高校生生活。
さて、これからもこの普通の高校生生活を送っていくと想像していた僕は、今目の前の光景を予期していたであろうか。
「なに、これは......」
空中に皿が浮いている?
食洗器で洗い終えたいくつもの皿が、ひとりでに出で、空中を駆け、かごに戻っていく様見て僕は立ち尽くした。
「......見ちゃった?」
キッチンの中央にある大きな調理用テーブルの奥に、スマホを片手に持つ、女の子が1人いた。
「......おう」
目の前の光景を受け入れられず、キャパシティの許容を超えた僕の脳が、ぎりぎり振り絞った相槌だった。
僕とほぼ同じ時期に入った女子高生のバイト、小早川さんだった。
何を言うべきか、否、喋るという余力をなくした僕と、困惑した顔をする小早川さんは、ただ見つめあっていた。
「え?」
「......え?」
小早川さんは魔法使いだった。
――――
深夜の12時をまわったリトルボーイは客もほとんどおらず、数少ないたった一人の客のナイフの音がカチャカチャと静かに店内に響き渡っていた。
ていうか、僕だった。
客もいないので、店長のはからいでまかないを作ってもらい、テーブルについて食べている。高校生は本来夜の10時以降はバイトをしてはいけないのだが、昨今の働き手の人手不足と、夜勤の四木さん(フリーター)の遅刻でこうして僕が出張っている。
店長はドリンクバーでコーヒーを入れ、僕の向かいに座った。
「彼、遅刻をするのがデフォルトになちゃってるんだよね、注意しても治らなくてね、ごめんねぇ」
「もうあの人クビにして新しい人入れた方がいいですよ、真面目そうな人でさ」
僕のため息に対抗するがごとく、店長は大きなため息をつく。
このやりとりは10回はしたんじゃなかろうか。だから、次に店長が言うセリフを僕は知っている。
(......人が足りなくてね)
「人手が足りなくてねぇ」
問題を解消する、もしくは現状を変えるに必要な労力と忍耐を嫌うめんどくさがりなタイプの大人なんだろうなと、冷めたライスを口に運びながらぼんやりと僕は思った。
典型的な大人、現状維持志向型、なぁなぁでやっていこうな人なんだろうな。
変化を嫌う僕にとっては居心地がいい人だけど。
閑話休題。
店長に聞きたいことがあったがそもそも聞いていいことなのか、むしろ直球で聞いたら僕が異常者扱いされるんじゃなかろうか、むしろ店長はもう知っているのか?
”小早川さんのことについて”
僕の両脚は貧乏ゆすりに忙しく、ハンバーグを食べ終えて手持ち無沙汰になった両手はテーブル上でトントンと早いリズムを刻む。
「さて、そろそろ厨房に戻ろうかな?」
落ち着きがない僕に気を利かせたつもりなのか、席を立とうとした店長を呼び止めた。
「あの......。小早川さんって」
「ん?どうしたの?恋愛相談?」
きょとんとした店長に僕は言葉が詰まった。
「あ、えーと。違います。なんというか、変わった子、ですよね?」
一瞬間があり、店長はじっと僕を見た。目力なのか、頭を見透かされている気分に陥りかけた。
少しして店長は口を開く。
「うーん。そうだなぁ、うん。まぁ、そういうところも含めて好きになるもんだ、うん。まずは素直になるところからだね、K君は」
スゥー。
呆れた時に、僕はいつもこうして大きく息を吸う。
「じゃなくて!」
「うん?」
フゥー。
大きく息を吐く。
「いやなんつーか、ファンタジックな子だなぁって」
間が空いた。30秒ほどの長い間の後、店長はゆっくりとコーヒーをすすり、僕を観察するように見た。
「もしかして、見ちゃった?」
店長の言葉で悟った色々僕は、見た光景を直球で伝えた。
「はい、皿が空中にういていました」
「そうだよねぇ。そうなるよねぇ、見ちゃったしねぇ」
「それで、あの子何者なんです?」
「魔法少女?だね」
「はい」
「うん」
「それで?」
「え?」
会話のテンポが悪すぎるというか、この人は話の意図を組んで会話の骨組みをするということをしないのか。
「人間なんですか?あの子の事どこまで知ってるんですか?」
「意外と積極的だねぇ、フゥー!」
スゥー。
この人は根本的にバカな人なんだろうなと思う。
煙草いいかな?と店長は形式的な確認を行い、煙草に火をつけ、咥えた。
「最初は知らなかったよ、普通の女子高生が面接にきたなってさ。でも君と同じようにあの光景を見ちゃってね、小早川さんに色々聞いたんだ。私は魔法使いです、ある日目が覚めたら、念じただけでモノを動かせるようになっていました。でも両親以外には隠して生活をしています。ここではもちろん普通の女子高生としてバイトに来ました。このことは他言無用でお願いしますとね。あ、これ他言無用でお願いね」
一気に話し終え、店長は煙草の煙をゆっくりと吐いた。煙草の先から上がる煙を、僕はゆっくりと見つめた。
「それで、どうするんです?」
「どうするって?もちろんアルバイターとして働いてもらうけど」
「いや、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
テンポの悪さに僕は思わず頭を掻いた。
僕のイラついた様子に店長はきょとんとした顔をする。
「じゃあK君。あなたは、あの子をどうしたいの?」
そう聞かれて、僕は返答に困った。
世紀の大発見、ファンタジー小説的な超展開であるはずなのに、こんなライトなテンションとリアクションで収まってしまうことなのか。
いやしかし、だからといって、どうしたいといわれると、警察に知らせるような面倒事は僕は嫌うタイプであるし、ツイッターで上げるほどミーハーでもない。
むしろコラ画像だと揶揄され、他から相手にされることもなく、3リツイートくらいで埋もれてしまうのが関の山だろう。
「どうもしないですねぇ。周りに喋っても僕が変人扱いされるか、小早川さんが玩具にされるか。どちらをとっても損しかない」
「うん、そう言ってくれると助かるよ。まぁ、そう言ってくれると予想はしてた」
「けっこう信頼されてるようでビックリしました」
「うん、君は冷めてるというか、直球でいうと友達少なそうなおとなしい子に見えるからね」
馬鹿は馬鹿でも愛される馬鹿と嫌われる馬鹿が存在する。
両者の決定的な違いは、他への配慮や気遣いがあるか。
彼、いや、彼女は、だからこうして30になっても独身で彼氏を作ることもなくファミレスの店長をやっているのだ。
もちろん僕は口には出さなかった。
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月曜AMシフト
××・××
夕方勤務シフト
小早川・K
深夜勤務シフト
店長・四木