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クライマックスなう!~彼女の秘密とおれのうそ~  作者: このはな
1.トホホなおれのバイト始め
9/27

 堀越とあやのさんに礼を言ってから、ビルの玄関口へと階段を下りた。

 すでに雪は降り出していた。が、たいしたことはない。傘がなくても大丈夫だろう。扉を押しひらく。

「うひいっ、さぶい!」

 肌を差すような冷気がなだれ込んでくる。一瞬ひるんだものの、「えい、やっ」と外へ出た。


 夏生まれのせいか寒いのは苦手だ。けど、ぴんと張りつめた冬の空気は大好きだ。清浄で厳かな感じがする。街の明かりさえも、星の輝きのようだ。

 冬は、恋人たちの季節だからなあ。ロマンチックなはずだよ。

 彼女もちじゃないおれには、わびしいシーズンだな。

 ちらほらと舞う雪を見つめ、しみじみと思う。

「はっくしょうん!」

 思いっきり、くしゃみをする。ずずっと鼻をすすった。

 ふう。雪見はここまでだ。風邪をひく前に、はやく帰ろう。


 駅まで走って行こうと思い、足を一歩踏み出した。そのとき、予想外のことが起こった。

「佐古くん!」

 背中越しに声をかけられたのだ。


「あっ」

 ――あの声は!


 突如とつじょ、脳裏によみがえる堀越の言葉。

『春夏冬さんに頼まれたからなんだよ。ぜひ、おまえにアシスタントを頼みたいって言われたんだ。これって、いったいどういうことなんだろうな!』


 うわ、めっちゃ緊張してきた。

 うしろを振り返る。

 案の定、桃ちゃんが息を切らした様子で、ビルの出入り口に立っていた。

「え、えっと、ももちゃ……じゃない! 春夏冬さん、どうしたんですか?」

 うかつにも「桃ちゃん」と呼んでしまうところだった。

 うまく、ごまかせただろうか。

 

「佐古くん!」


 ひいっ!

 やっぱ、ごまかせなかったか……!

 桃ちゃんの大きな目がキッとなるのを見逃せなかったおれ。

「いえっ。あのっ。そのう、ですねっ。ですから……」

 なんとかして危機を脱しようと、手足をばたばた大きく動かしているうちに、桃ちゃんがおれの方へやって来た。

 ひえっ。

 また怒られるううっ?

「う、うわあっ。ごめんなさあい!」

 ぎゅっと目をつぶる。


 一秒、二秒、三秒。


 ん、どうしたんだ?

 三秒以上たつのに、何ごとも起こらない。


「はい、これ」


 ……はい?


「よかったら、これ使って」


 そっと薄く目をあけたら、おれの前に折り畳みの傘が差し出されていた。

 ハッとして、桃ちゃんの顔を見つめる。

「聞いてなかったの? 貸してあげると言ったのよ」

 桃ちゃんは、ぐいっとおれの胸に傘を押しつけた。

「濡れて風邪でもひいたら、あとが大変だから」

 なんか、こう……。

 狐に化かされた気分だ。

「春夏冬さん、これを? おれに傘を渡すためだけに、わざわざ下まで来てくれたんですか? あんなに忙しそうだったのに」

 押しつけられるままに傘を受けとる。

 桃ちゃんは、うなずいた。

「佐古くん、傘を持っていないんじゃないかと思って。それに心構えを伝授したかったの」

「心構え?」

「そう、働くことに対する心構えだよ。第一は、なんだと思う?」

 ちょっと考えてみたが、わからなかった。首を振る。

 桃ちゃんはため息をついた。

「それはね、自分を大切にすることなの。自分を大切にできない人に、安心して仕事を任せられないもの」

「どうしてですか?」

「体調管理がきちっとできてないと、みんなに迷惑がかかるでしょう? 特にうちみたいに小さな会社は。業務だって滞るし。仕事はね、ひとりではできないのよ。そのくらい、高校生でもわかると期待してた。当てて欲しかったな」

 そう言って、ぷいっと横を向いた桃ちゃんは、おれよりずっと背が低くて。思ったより小さかった。

 今まで、おっかなびっくり彼女を見ていたから、気づかなかっただけなのかもしれない。

 ふてくされる姿が、年上らしくない。ていうより、子供がふてくされているみたいだなあ。


「はい。面目ありません」

 とりあえず、頭を下げる。

「だから、傘を使って」

「じゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

 でも、ちょっと待てよ。

 礼を言ったあと、ためらいがちに質問をした。

「おれがこれを使ったら、春夏冬さんは……。傘、持ってるんですか?」

「あたりまえでしょう。わたしの分はもうひとつあるから、君に貸してあげるんだよ。それより気をつけて帰りなさいよ。あと、でこピンしたこと、本当にごめんね。わたし夢中になると、時々、見境がつかなくなるときがあるの」

 彼女は息をつかずにまくしたてると、

「じゃあ、さよなら!」

 ビルの中へ駆け込むようにして戻っていった。


 び、びっくりした……。

「春夏冬さん……」

 ひょっとして、彼女、照れているんだろうか?

 今の彼女は超ど級にかわいかった。暗がりだから、はっきりと断言できないけど。おれの目には、はにかんでいるように見えたのだ。

 きゅん、と胸がうずく。


 ちっくしょう。こんなことされたら、めちゃくちゃうれしいじゃん!

 もしかして今のおれって、クライマックスなう、じゃね?

 どんなに運が悪くても、生きててよかったぜ!


 喜び勇んで折り畳み傘の紐をとき、パッとひらく。

 すると――。


「あれ……?」

 傘を広げてみたら、マンガちっくなパンダ顔の入った傘だったのだ。しかも耳つきの。


「は、はは、は……」


 ……まいったね。見事に一本とられたよ。


 だけど、おれは、道を行く人々のクスクス笑いをものともせず、駅までの道のりを急いだのだった。



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