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彼女の名前は、三藤あやのさんといった。見た目は童顔で、おれと同じ高校生にぐらいしか見えないのだが、十歳も年上の二十六歳だという。そして、驚いたことに既婚者なのだそうだ。
思わず、おれは堀越とあやのさんの顔を見比べてしまった。
「え、二人は姉弟なの? 義理の……。でも、苗字がちがうし」
「ああ。あやのさんは、兄貴の嫁さんなんだ。二人とも、うちの会社で働いているんだよ。苗字がちがうのは、会社の中だけさ」
「兄貴? おまえ、兄貴がいるの? だって名前に一郎ってついてるじゃん」
「母ちゃんが野球のイチローのファンだからな。弟なのにつけたんだよ」
「へ、へえ。あのイチローかあ」
またひとつ、堀越の秘密が明らかになった。こいつは、おれの知らない秘密をいくつ持っているのか。つくづく不思議なやつだ。
堀越は、皿の上のほっかほかの肉まんをひとつ取ると、「あちち」と言いながら、ふうふう息を吹きかけた。
「言ってなかったっけ?」
「言ってなかったよ」
大きくうなずいたおれ。
そんなおれたちの会話がよほど面白かったのか、あやのさんは「フフッ」と声をだして笑った。
「陽一郎さんと佐古さんは、とっても仲がいいのね。うらやましいわ」
「うらやましい?」
「ええ。だって陽一郎さん、ちっともわたしとお話ししてくれないんだもの」
あやのさんは、いわくありげな視線を堀越に投げた。「そうよね、陽一郎さん」と下からのぞきこむ。
堀越は返事もしないで、ただ黙って肉まんを食べつづけていた。
ん? もしや……。
ああ。なんとなく、堀越の気持ちが想像できる。
ちょっと、気まずかっただけなんだよな。いきなり、こんなにかわいいお姉さんがあらわれたものだから……。
その姉さんが自分の好みのタイプだったら、よけいに辛かろうて。
おれははじめて、心の底から堀越に同情した。
おれだって、そうだよ、堀越。
スケッチお姉さんの笑顔を見たときから、なんとなく変なんだ。魚の小骨がのどに引っかかったような、妙な感じがしてさ。
おれたち、けっこう同類なのかもしれないな。
「おい、堀越。もっと食えよ。おれはいいから」
自分の皿を堀越の前に押しやる。
堀越は怪訝そうな顔をした。
「おまえこそ遠慮するなよ。何も気にしないでいいと言っただろう?」
と、皿を押し返してくる。
「だけどさ、あまり仕事らしい仕事をしてないし。バイト代の他におやつまでもらうなんて、なんか申し訳ないよ」
おれがそう言ったら、堀越の手が止まった。
「佐古、今なんていった? 仕事らしい仕事をしていないって、どういう意味だよ。おまえ、あの会議室でいったい何をやってるんだ?」
思ってもみなかった堀越の反応に、おれは戸惑ってしまった。