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クライマックスなう!~彼女の秘密とおれのうそ~  作者: このはな
1.トホホなおれのバイト始め
3/27

 さらさらと鉛筆を走らせる音がする。おれは黙って、耳を傾けていた。

 知らなかったな。鉛筆の音が、こんなにも心地いいなんて。まるで子守唄のようだ。

 そう、子守唄のような……――。


 ぐうー。


「動かない! じっとしてて、って言ったのにっ」


「でっ!」

 ピシャリとおでこを弾かれた。脳みそにまで音が響き、目から火花が散ったみたいだ。ひりひりして痛い。

「なっ! なっ……!」

 言葉にならない声をあげ、おれに暴力を働いた犯人をにらんだ。


「こっちはバイト代を払ってるんだよ。なんで寝てるの!」

 と暴言を吐く女がひとり。何様のつもりだか、腰に手をあてて、おれを見下ろしている。

「バイトに入って、もう三日目じゃない。いいかげんに学習したらどうなの。お遊びじゃないんだよ」

 思いやりのかけらもない、その一言が頭にカチンときた。

「あのですね! だからって殴ることはないでしょう、人の頭を。なんだと思ってんですか?」

 そりゃあ、仕事中に居眠りしてた自分が悪い。悪いとわかってるけど、売り言葉に買い言葉だ。頭ごなしに怒鳴りつけられたら、素直に謝れなくなるじゃん!

 女は鉛筆を持った手を、ひょいひょいと無造作に左右へ振った。

「あー、はいはい。でこピンしたことは謝ります。ごめんねー」

 それから、「でもね」と話をつなぐ。立ち上がった拍子に飛んでいった、キャスター付きの椅子の背をつかんで引き寄せた。

「人の頭は、人の頭にしか見えないじゃない? いくら目の悪いわたしでも、虎や蛇の頭とまちがえたりしないわよ」

 彼女はフンと鼻を鳴らし、どさっと腰を下ろした。

「はあ?」

 予想していなかった言葉が返ってきたので、おれはあ然とした。

 ――とっ、虎や蛇の頭?

 まさか、女子の口から「虎や蛇の頭」などという、穏やかでないワードを聞かされようとはっ。

 なんと恐ろしい。野生の動物たちや大自然を相手に、武者修行をした経験でもあるかのような……!


「佐古くん」


 ぎろり、と大きな黒い瞳がこっちを向いた。眼鏡のレンズが光る。

 うげっ。

 蛇ににらまれたカエルのごとく、ぎくりと体が硬直した。


「佐古くん、はやく横を向いてくださいね」

「はっ、はいっ!」

 言われたとおり、パッと横を向いたおれ。

 けれど気が変わったのか、彼女は「あ、やっぱりいいや」と言った。「今度は真正面でよろしくね」

「ええっ、真正面? あっ、はい」

 あたふたと体の向きを変え、彼女と向かいあう。

 にっこり彼女が笑った。

「ふむ、よろしい」

 両袖を引っ張り上げ、眼鏡の位置を直すと、彼女は作業の続きに入った。デスクの上のスケッチブックに視線を落とし、鉛筆を走らせる音が響く。


 え、えっとー。


 さすがに今度は、うたた寝できなかった。

 さっきの彼女の笑顔が思いがけず柔らかだったので、不覚にも、どぎまぎしてしまったのだ。


 ひえー、なんだよ今の。

 まじ、ヤバすぎる……。


 こんな状態で真正面から見つめられるのは、かなり厳しい……。

 自分のタイミングの悪さを、ひそかに呪った。



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