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残念女神のテンプレな異世界トリップ【短編版】

作者: みちる

 武闘派オンラインゲーム『覇者』。莉子は殺伐とした戦いに明け暮れながらも、ギルドの仲間達と、チャットで盛り上がるのを密やかな楽しみにしていた。しかしそれも一週間前までの話。ゲームは無情にも終了してしまったのだ。


「うーん、どこもパッとしないなぁ」


 ギルド仲間に誘われたゲームを一通り覗いて歩くがどれもピンと来ない上に、新しいゲームにすでに馴染み始めている仲間たちの姿に疎外感まで感じる始末だ。


「チッ、新規開拓しかないか?」


 莉子は舌打ちと共に自分を知る者が誰もいない場所で一から始める決心を固めた。そして一つのゲームが莉子の目を惹いた。

 それは『幻華大戦』。とにかく綺麗の一言に尽きる繊細なグラフィックに期待は高まる。


「こんなすごいのに、一度も聞いたことないのが不思議だわ」


 派手なエフェクトと激しい戦いの動画を前に浮き立つ莉子は、一刻も早くインしたいという心を抑えてキャラ作成画面を開く。


 ちっこい妖精っぽいのは駄目、弱そう……楽器持ってるやつ、回復系、支援も好きなんだよね……うはぁ、筋肉質のお姉さま、たまらんね……


 種族が多すぎて絞りきれないまま難しい顔で固まる莉子。


 いやいや、ここで時間とってどうする? 駄目なら駄目で作り直せばいいし? よし、この種族なら魔法中心だしえぐい攻撃魔法でズドンとかたまらんしっ。ちょっと弱そうな見た目がマイナスだけど、大丈夫ゴツイ鎧ですぐにカスタマイズしまくろう


 一つの有名すぎる種族に当たりをつけたその後は、適当に見た目を決めていく。


 髪型は一番無難なこれで……髪の色、種類おおいなぁ……めんどくさ……目の色? んなのどうでもいい……背は、一番高いやつっと……体格は普通で……よし、おしまいっ!


 見た目はどうせ後でいろいろカスタマイズするんだからと確認もそこそこに決定ボタンを押す。






 スタート地点は、種族別の始まりの地で、美しすぎる澄んだ水面が広がり、画面中央には青白い肌の長い耳が特徴的な少女が膝下を水に漬からせて立っている。

 莉子のキャラクターであるエルフだ。


「すっごい、キレイだ…枝垂桜か?」


 びっしり花をつけた枝が重そうに湖に向かって垂れ下がっているのにしばし見惚れ、その根元に立っているNPCにマウスを合わせればその美麗な青年の頭上にはエルフ王という文字がでた。


「エルフの始まりの地で、最初に会うのがエルフ王とか、安易……」


 文句を言う莉子の視界はしかし突然真っ白に染まる。


 「ああ、今度こそ捕まえた」


 耳元で囁かれた陰々と響く低い男の声を聴きながら莉子の意識はプツリと途絶えた。






「ここは……」


 目覚めた莉子の目の前に広がる光景は、先ほどまで画面越しに見ていた湖で、莉子は足元を濡らす感触を確かに感じていた。


 そして後ろから腰をガッチリホールドしている逞しい腕と背中に感じる暖かな感触に、莉子の身体は危機感に強張る。


 「お目覚めか? 女神よ」


 背後から聞こえた声に、身体をビクリと震わせながらも莉子は、その声が意識を失う前に聞こえた声と同じことに気づいた。


「ちょっと、あんた誰? 何抱き付いて……る?」


 得体のしれない相手に莉子は威嚇の声を上げたが、耳に聞こえた自分の声が、いつもより高めの違う声になっていることに唖然する。


「ふふっ、怯えないで、ほら、ちゃんと立てますか?」


 背後から自分を支える男の笑う気配にイラつく莉子は、優しく丁寧に解放しそれでもなお身体を支える相手と距離をとりつつ振り返った。


「え、あれ? あなた、誰?」


 目の前には絶対にあったことなどない迫力ある美貌の青年がいるが、何故か懐かしくて縋りたくなるような不思議な感覚に莉子は感情を乱されてしまう。


「ああ、そうでしたね…………私の事はバルドルとお呼び下さい。」


 青年は莉子と目をしっかりあわせると綺麗な笑顔で名前を告げる。


「バルドル?」


 恐る恐るといった感じで喉を抑えながら呼びかける莉子に、青年は優しく微笑み頷いた。


「はい、お義母さま」


 バルドルの言葉に、莉子は目を見開いたまま固まった。






 自称義理の息子を目の前に莉子は困惑するしかない。気持ちは全否定だがバルドルと目をあわせると胸が暖かくなるし、自分の腕は勝手に相手を抱きしめようと動くのだ。


 バルドルはそんな莉子の様子を見つめ、頷いた。


「お義母さま、まだ身体との融合が上手くいっていないようですね。焦らずじっくりこちらで過ごせば、魂が身体に馴染んでいくかと思います。もちろん私が一から十まで手取り足取り教えて差し上げたいのですが、この場所にいられる時間に制限がありまして……本当に残念です。お義母様の望まれたこの世界をどうぞお楽しみください。私はこれ以上の干渉は出来ません……無念ですが…………せめてもと思い、役に立ちそうな者を用意しておりますので、その者をお使いください。ああ、時間切れです……お義母様、待ってますので早く来てくださいね」


「え、ちょ、ちょっと待って!?」


 名残惜しそうに莉子の指先を握り、そこに唇を押し当てたバルドルは言いたいことを捲し立てた挙句役に立つ情報一つ残さず唐突に消えた。


「おいおい、なにそれ……なにあいつ?」


 呆然自失状態でバルドルが消えた空間を見つめていた莉子は、膝下が水に浸かったままであることを思い出すとノロノロと動き始めた。


「てかね、最近流行のトリップ的なアレだと理解はしてるんだよ。あああ、これがもし夢とかだったら私痛い、痛すぎる……いや、夢なわけないな……とりあえず役に立ちそうな者を用意しているわけだよね……」


 ブツブツと呟きながら木の根元にへたり込んだ莉子は現状から目を背けるように目を閉じた。






「…………さま。……ンダさま、起きてください。」


「ん? 寝てないよ」


 小さな声に、閉じていた目をゆっくりと開いた莉子の目の前に、小さな女の子の人形が佇んでいた。


「あんたが、いろいろ説明してくれるわけ?」


 不機嫌さを隠しもしないで、莉子は人形を睨みつけた。


「あああ、麗しのリンダさま。勿体なくも案内役を仰せつかりました私はトッペと申します。なんでも聞いて下さいませ」


 もうすでにいろいろ吹っ切れている莉子は、恭しく跪く人形にも無感動だ。


「そう、まず訂正。私の名前は莉子」


「これは失礼いたしました。莉子様、まずは聞きたいことがたくさん御座いますでしょう? 不肖ながら私からご説明させていただきます。まず、こちらの世界は幻華という世界で、バルドル様はその幻華世界の主神にいらせられ、莉子様はバルドル様の父神様の正妻、つまりバルドル様の義母であり、最高位の神妃さまで御座います。あ、ちなみに父神様はすでに別の世界にお渡りになられておりますのでご了承下さいませ……コホンッ、さて、神同士の不幸な争いの際に、莉子さまは行方不明となり生存すらわからなくなっておりました。しかし、幸運にも異世界にて戦女神として転生されていたのをバルドル様が見つけ、苦労に苦労を重ねてこちらの世界へ召喚なさったのです」


「確かに前のゲームで苦労して戦女神に転職したな……え、それならもしかして前のゲームのステータスとか引き継げてたり?」


「それはこれから説明いたしますので……ここまでは、よろしいですね」


 莉子の冷たい表情が初めて希望に染まるのを華麗にスルーしたトッペは、さらに説明を続ける。


「莉子様自身がこちらの世界への帰還を願ったことが大きく作用し、難しい召喚作業は成功しましたが、完全な成功とは言えませんでした。魂の安定の為にも、恐れ多いことでは御座いますが、人の器で天寿を全うする必要が御座います。人の器は莉子様が望まれた種族にそった外見・能力となっております」


「うっわ、つまり、適当にさっき入力したあれで、この世界を生きていけと? 私が作り上げた戦女神は? 最強ステータスはどこいった!?」


「ご安心ください莉子様。バルドル様より可能な限りの特典がつけられております」


 声を荒げる莉子に優しいトッペの言葉が天啓のように響く。 


「え? 特典!?」


 なんだ、どうなることかと思ったらちゃんと戦闘能力つけてくれてたのか。


 死にそうだった莉子の表情が安堵に緩むのを嬉し気に見つめるトッペ。


「では、ステータスとお唱えください」


「おお、突然ゲームっぽく……ス、ステータスッ」


 期待を込めて唱えた声は上擦り噛み気味だったが、それに構う余裕もなく莉子は目の前に現れた半透明の窓に記された情報に目を走らせる。






名前 リコ・ルテニ


種族 エンシェント・ハイエルフ(元異界の神族)


職業 慈愛の神妃(元戦女神)


レベル   1

体力   12

魔力  無限大

攻撃力  10

防御力 130

運    90

魅力  無限大


種族限定スキル 範囲回復 状態異常無効 自働回復


スキル残ポイント 1000000(気が利くバルドルからのプレゼント)


装備品

お義母様に相応しい空気清浄機能付きの聖なる精霊衣(元戦女神の紅鎧)

お義母様に相応しい快適温度をお約束する聖なる髪飾り(元戦女神の紅兜)

お義母様に相応しい優雅な香りと聖気を振りまく聖なるサンダル(元戦女神の紅靴)

お義母様に相応しい神罰の杖(元戦女神の紅大剣)


所有物

トッペ(世界の案内役、地図・辞書・雑学・諸国の裏事情・豆知識、なんでも内蔵の万能人形。杖に収納可能)


あなたの僕バルドルからの贈り物

完璧すぎる全言語自動翻訳

完璧すぎる全言語自動文書変換

完璧すぎる魅了眼

完璧すぎる鑑定眼

完璧すぎるアイテムストレージ






「…………なんだこれ……無駄な修飾部分は置いとくとして………………私の自慢の体力と攻撃力がひどいことに…………苦労してそろえた最強のレア装備がおかしなものに……空気清浄……快適温度……聖気って何…………」


「莉子様、大丈夫ですか?」


 ブツブツと呟き、ブルブル震え、とうとう黙り込んだ莉子はやがてユラリと立ち上がった。


「ヒッ?」


 その顔を覗き込んだトッペの口から悲鳴があがる。その顔には残忍で獰猛な笑みが浮かんでいた。


「くくくっ……あの野郎、今度あったら、血反吐吐かせてやる……」

「そ、それは、素敵な計画で御座いますねっ!」


 トッペが声を裏返して賛同するのを上の空で聞きながら、莉子はギリギリと歯を噛みしめていた。







「おお、凄まじい怒りを感じたぞ。なんと心地よい」


 ブルリと震えながらも恍惚とした表情を見せるバルドルを、同じ部屋で寛いでいた青年が呆れた顔で眺めた。


「兄さん、本当に変態だね……」


「変態とは失礼な。青二才のお前にはまだまだ分かるまい」


「そんなものわかりたくもない……」


 鼻で笑うバルドルを見て、一層顔を顰める青年。


「見た目と無尽蔵の魔力だけが取り柄だったあの女も、満足だろう。あんな輝かしい魂を宿すことが出来たのだから」


「確かに、あの女はろくでもない女だったけど……はぁぁ、さすがに可哀想に思えてきたよ……あの女が兄さんのこと愛していたのは本当なんだからさ」


「ちっ、せっかく気分が良かったのに興ざめだ。あの女の愛とかゾッとするね」


 バルドルは気味悪げに顔を歪めたが、すぐにニヤニヤと相好を崩した。


「ああ、彼女の怒りの波動の心地良さ……気が遠くなるほどの年月待たされたんだ。いつでも観察できる場所であと千年程度待つくらい、なんてことない」


 この美しい幻華の世界と隣り合わせの無骨で野蛮な世界で、魔獣や恐ろしい蛮族たちを軽々と屠り、上級の回復魔法をかけ歩きながら、味方の戦士たちを鼓舞する彼女は、誰よりも強く美しかった。彼の心はその姿を垣間見た時から、ずっと彼女に捉われたままだ。


「彼女には同情を禁じ得ないね。真実を知ったらどうなることやら……」


 弟の言葉にバルドルの目がギラリと光り、次の瞬間その喉元に剣先を突き付けた。


「無粋なことを言うねヴァーリ……彼女に真実を告げるような真似をしたらお前でも許さないよ」


 静かに淡々と告げられる言葉と喉元に突き付けられたその剣先に、ヴァーリの身体が凍り付いた。


「わ、わかっているよ。その剣は俺でも刺されたら痛いんだよっ。兄さんの大事な彼女に何も言う訳がないだろっ」


「ふん? まぁ、今は忙しいし、お前にもいろいろ手伝ってもらわねばならない」


 一転穏やかな微笑みを浮かべたバルドルは上機嫌に、愛しい存在の観察を続け、ヴァーリは冷や汗をぬぐった。






「ここは、エルフの始まりの地か?」


「はいっ、この始まりの地を中心としていくつかエルフの隠れ里が存在しております」


 歩きながら確認する莉子の後ろを慌てて追いかけながらトッペは周辺の情報を詳しく話し始める。


 さすが始まりの地だけあって、まわりの魔獣はみな低レベルで、里のエルフ達も、同じエルフであれば穏やかで友好的であると聞き、莉子はまず一番近くの里に立ち寄ることにした。


 しばらく歩くと、ポツポツと小さな家が点在する小さな里にたどり着く。その入り口にそれぞれ剣と弓矢を持った二人のエルフが立っており、外から来る人間に対して警戒している様が見て取れる。


「待て、そこで止まれっ!!」


 警告に、鷹揚に頷き立ち止った莉子は、長い髪をかき上げて、自分の耳を示す。


 特徴的な長く尖った耳を持つ二人の若者は、同族の証である莉子の尖った耳を見て、ホッと息を吐き出し、その美貌に顔を赤らめる。


「失礼いたしました。私はこの里のネルといいます。見かけない顔ですが、旅人の方ですか?」


 剣を持った若者が友好的な笑顔で話しかけてくるのに莉子も笑顔を浮かべ口を開いた。


「はい、お気になさらないでください。わたくしは……エッダの森より参りました……リコと申し……ます。よろしくお願いしま……す?」


 ネルへ名乗り返し話しかけていた莉子は、話している最中に顔色を変え、口を押え、首を捻る。


 なんだ、この気味悪い口調…………


「おお、なんとエッダからいらしたのですかっ。すぐに長を呼んで参ります。申し訳ありませんが、少しお待ちください」


 神域の森の名前に、興奮したネルは莉子の様子がおかしいことに気づかず、飛ぶような速さで里へ走り去った。

 莉子は、1人残ったエルフに背を向けて、憤怒の表情で、自分のステータス画面を呼び出す。

 その目がある一点で止まり、カッと見開かれた。


 あの野郎…………何が『あなたの僕バルドルからの贈り物 完璧すぎる全言語自動翻訳』だ………………翻訳が働く相手にはすべてあのしゃべり方になるのか? どんだけの地獄だこれ?


【莉子様、どうなさいました?】


 杖の中から莉子を気遣うトッペの声が聞こえるが、今の莉子にそれに答える余裕はない。


 自分のものとは到底思えない、丁寧な口調に自動翻訳されてしまう呪いとしか思えない効果は莉子の口を重くし、結果物静かな方などと勘違いされたりするのだが、それはまた後の話である。




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