カニバリズムと二人の少年
少年は狂っていた。
いや、本人にそのつもりは無い。自らは普通の人間となんら変わりがないと本気で思っている。
少年は食人を行っていた。いわゆるカニバリズムだ。
少年は幼少の頃から人を食べ続けていた。その事に疑問もなにも持たなかった。それは少年にとっての食事。人が豚に牛、魚や野菜を食べるように、少年は人を当たり前のように食べた。
少年が三歳の時、自らの親を食べた。
深夜。皆が寝静まった頃。少年の腹の虫が鳴り、そばで寝ていた父親と母親を食べた。
翌日の朝。朝になっても物音一つしない事を不審に思った近所の女性が家を訪ねると、そこには血まみれの布団ですやすやと寝ている、少年と二つの白骨が川の字になっていた。
警察は強盗殺人と処理した……明らかに不自然なのは分かっていただろう。だが、警察も考えたくなかったのだう。三歳の少年が自らの親を食べたなんて事を……
少年は孤児として児童保護施設に保護された。
そこでは監視の目が厳しく、少年が人を食べるということは無かった。
それから十五年。少年は十八歳になり、施設を出た。
少年はすっかり変わった。人を食べるという意識は無くなっていた。いや……封じ込まれていたのだ。
その頃、町では猟奇殺人が頻繁に起きていた。
体を食いちぎられ、中には眼球と骨以外綺麗に食べ尽くされた死体もあったという。
マスコミは「狂気のカニバリズム事件」と表して連日テレビで取り上げていた。
ネットでも様々な意見が飛び交い、しまいには犯人探しまで始まる始末であった。
そんな事を知ってか知らずか、食人事件は減るどころか日に日に数を増していった。一日に三件以上起こるなんてざらであった。
少年は生き生きとしていた。十五年も押し付けられていた衝動が爆発し、もう自分で止めることが出来なかった。
少年は十五年もの間、断食を強いられていたようなものだった。勿論。食事は三食与えられていた。だが、少年にとって普通の食事などおやつよようなものだった。少年はいつでも腹が空いていた。十五年、ずっと――――
少年は今日も街に出た。目的は勿論、食事のメインを探すためだ。
ふらふらと、街を歩く。時刻は夜の零時てさほとんどいない。が、そのなかで食材を探すのが、少年は好きだった。
いた。十メートル程先。食材は歩いていた。
短い黒髪。白のシャツにジーンズ。背はそれほど高くなく、やせ形。歩いていたのは自分と大して歳も変わらないであろう少年だった。
少年は舌舐めずりをし、今日の食事に備えた――――筈だった。
少年は止まった。体も、思考も全て。こんな感覚初めてだった。目の前を歩く少年を、 食べたくないと思った。
少年は戸惑った。初めての事に驚き困惑した。
目の前の少年はもうすぐ自分を通り過ぎようとしている。
それが嫌だった。何故かは分からない。けれど――――
「あ、あの」
「ん? なんだい?」
「ぼ、僕と……一緒になってください!」
目の前の少年は、一瞬戸惑ったように微笑んだあと。
「ああ。いいよ」
ゆっくりと、右手を差し出した。
少年はそれに答えるように自分の手も差し出し、握手を交わした。
目の前の少年の手は、ひどく冷たかった。
その後、二人の少年は頻繁に会うようになった。
別段何をするでもなく、ただ、二人だけの空間にいるだけで楽しかった。
その頃からだろうか、少年は食人をしなくなった。いや、意識的に堪えていた。その理由を少年は分からなかった。けどきっと、少年は恐れていたのだろう。それが自分にとって当たり前のことでも、目の前に座っている少年が知ればきっと自分を軽蔑するだろうと。
二人の少年は、次第に遊びに出掛けたり旅行に行ったりと、仲を深めていった。そしてそれは――――良からぬ方向へと進んでいった。
二人の少年は体を重ねた。少年にとってこの行為がどのような意味を持つかは分からない。幼い頃から、少年は人を食べる事だけを考えていた。だから、他の物は欠落していた。知識も感情も、少年にあったのはただ人を食べたいという欲求のみであった。
それが、あの少年と出逢い、変わった。色んな事を知り、色んな感情を知った。ただ、性に関してはまだまだうぶのようだった。
二人は繋がった。それは気持ちよかったのか痛かったのか少年は分からなかった。ただ、少年と一緒になれた事実が、とても嬉しかった。
それから一ヶ月程経ったある日。少年はふと、疑問を覚えた。
何故あの時、少年を食べたいと思わなかったのだろう?
少年は見つけた人間全てを食べてきた。男に女。老人もいれば十歳に満たぬ子供も食べた。
なのに――――どうして?
少年はとうとう堪えきれなくなり、少年に全てを告白した。自らの親を食べた事。食人事件の犯人が自分だということ。その行為が自分にとって当たり前だということ。そして――――何故か自分は君を食べたくないと思ったこと。
それを聞くと少年は、初めて出逢った時と同じ微笑みを浮かべ、こう言った。
「君が僕を食べたくない理由。それはね、僕が死んでるからさ。いや、正確には、僕の心が死んでるからかな。僕はね、小さな頃に両親に捨てられたんだ。そして見ず知らずの人に育てられた。けどね、そこはとても居心地が悪かった。だからね、殺したんだ。恩を仇で返すみたいで悪かったけど、もう……耐えられなかったんだ」
そう語る少年の顔はとても寂しげで、今にも崩れてしまいそうだった。
「その後直ぐかな。僕は精神病棟に隔離されたよ。五年……いや十年かな? もう分からないくらい長くいたよ。そしてつい最近。退院していいと言われたよ。そして僕は数年ぶりにまともな世界に戻ってきた……けどね、僕には身寄りがない。頼れる人もいないから、あてもなくふらふらとしてたんだ。そしたら、君と出逢えたんだ。月の綺麗なあの日に。君を一目見たとき分かったよ、まともではないってことはね。僕と同じ匂いがした。だからこそ、こうして一緒になれたのかもしれないね」
少年は全てを言い終えると、再び微笑む。
それを見た少年は――――目の前の少年を抱き締めながら、思いっきり泣いた。
少年は今まで泣いた事など無かった。なのに、今はこれでもかと涙を流している。
何故、泣いているのか分からない。悲しいわけでもない。
ただ――――目の前の少年が、今にも消えてしまいそうでとても、怖かった。