水泡の姫君
彼女の肌は、海の中でも特別白く透きとおってみえた。ふふふ。そう口の端から泡をこぼしながら彼女が笑う。
数ヶ月前、弱り切って波際に倒れていた彼女は、口がきけないこと以外は問題なく、すっかり元気になり、ことあるごとに私についてまわる。海はさすがに怖がるかと思ったが、むしろ喜んでいる様子だった。
海といえば、思い出す記憶がある。それは幼い頃の事故だ。海に投げ出された私を、青い尾ビレを持つ女が助けてくれたのだ。その女の残像が、目の前ではしゃぐ娘に重なり、それから消えて行った。
あの女は海の底の人なのだろうか。暗く深い闇の底で、気まぐれで救った私を思い出してくれているだろうか。
彼女が私を覗き込む。口も聞けないはずなのにケラケラと泡を吐きはしゃぐ。
彼女は、どことなくあのヒレの女に似ている。
まだ幼なさの残った彼女の頬に手を伸ばす。
心なしか桃色に染まり始めたようにみえる。この娘は、私を想っているのだろうか。
深く潜りすぎたせいか耳鳴りがした。その耳鳴りに紛れ、女の悲鳴が聞こえた気がした。
私は上を指差し、戻ろうと、伝える。
彼女の目は一瞬ひどく淀み、それから、こくりと力なく頷いた。
泡が、彼女の周りをたちこめる。
私は、彼女を想っているのだろうか。
気付かれなかった人魚姫、
かわいそうな人魚姫。
でも本当に可哀想なのは、
本当の愛に気付かないまま彼女を失った王子様なんじゃないのかな。