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「お前をこっちに来させて、最初は頭に来たんだが」
酔っているのか、目が赤い。
「よかったんだな、いい友達は、できたのか?」
うん。想いをこめて、うなずく。そうか、と、じいちゃんは視線を落とす。
「佐和子が、お前をリュシオル以外の他県の学校に進学させるって言い出して、
昭弘君は最初、かなり反対したんだそうだ」
親父が? 意外な話に驚く。
「いくら反対しても、いう事を聞くやつじゃないだろう?
最初はもっとずい分遠い、
飛行機でもないといけないようなところを指定していたんだそうだ。
それを、昭弘君は自分の母校で学ばせたいと、
蓬泉学園に変更させたんだ」
「え、親父って、蓬泉の出身だったの?」
「昭弘君はかなり成績がよかったそうだが、在学中に親父さんが失業して。
大学進学を断念して、夜逃げ同然に引っ越して、
それで、うちに就職した。
他県から来てなじみがないと寂しいだろうと、
出身地が近い細倉の元につけたんだ」
親父の実家は、今は売り払われて、それこそどこか遠くに行ってしまって、
連絡もとっているのかどうか、ということだった。
不器用そうな、無表情な親父の横顔が過ぎる。
慣れない土地で、ばばあはあんなで、ねーちゃんも、陽一も僕もこんなで。
親父には、嫌われているんだと思っていた。でも。
ぐるぐるする思いに固まっていると、
そうそう、そうだ、とじいちゃんが言った。
「お前、佐倉さんのお孫さんと友達になったんだって?」
「え、じいちゃん、修のおじいちゃん知っているの?」
「おう、細倉を雇ってくれって来てな、
その頃はまだ、今みたいにいくつも店があったわけじゃなかったし、
俺が直接話したんだ。
筋の通った、しっかりした、アツイ男だったなあ。
いつかゆっくり飲みたいと思ったんだが、亡くなったそうだな。
結婚しているのかって聞いたら、
いい人がいて、うまく行きそうだってうれしそうに。
ピアノが上手い人で、気を引きたくてバイオリンを始めたんだが、
それがよかったんだと思うって言ってな。
へーって感心したよ。確かに、音楽には国境もない。
楽器ができれば、どこにいっても一気に人の心をつかめる。
その事がずっと頭にあって、
お前にもピアノとバイオリンを習わせようと思ったんだ」
細倉さん、親父、じいちゃん、修のおじいちゃん。
不思議に繋がって、僕がいる。
直接じゃないけれど、修のバイオリンと僕のバイオリンも繋がっている。
偶然は繰り返すと必然になるという。出会いは、必然だ。
暖かいものに包まれている気がした。