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目を見開く僕に、少し顔を近づけて、声のトーンをぐっと落とした。
「俺の代で作ったレストランもホテルも、
今の支配人に実質譲り渡すように動いている。
この店だったら、細倉が買い取る形だ。
規模が大きいところだと、新会社として株式上場、だな。
もちろん、社長も知っている。
昭弘君は、あれでなかなか経営者としてはやり手なんだ。
社長が変わってから新しく作った店や、
ちと特殊なわけがある店は、グループに残る。
コウサキに残りたいやつは、そっちに移ればいい。
グループ企業である事実は、まあ、残るだろうが、
経営は各店舗まかせになる。
陽一がやがて社長になりたいって言うんなら、
てめえで店作ってやるこった」
俺もそろそろ引退準備ってやつだよ、
と肩をすくめて口の端を上げ、ワインを飲む。
片桐さんがメインのステーキを運んできた。
胸を満たす複雑な感情を無視して、肉を切り始めた。
じいちゃんは、何を思っているんだろう。
「じいちゃん」
声をかけると、ん、と応える。
「明日は、なんか予定あるの?」
「明日? 土曜か?」
午前はこれといった予定はないが、午後から、
ここから車で三時間くらいのところにあるホテルに行くつもりだという。
「それ、僕もいっちゃだめ?
今日はうちに泊まってさ。着替えとかベッドとかは、僕のだけど」
「かまわんけど、どうした、珍しい事いいだすなあ」
不審そうに、少しおもしろそうに笑いながら言う。
ステーキを口に運んで、ゆっくり噛んで飲み込んでから続けた。
「じいちゃんが、好きなやつのそばにいろ、っていったんだろ」
はは、と笑って、困ったように首をかしげる。
「なんだ伊月、欲しい物でもあるのか?」
なんだよ、茶化すなよ。照れたのもあって、一瞬、むっとする。
「この前、新しいPCでたんだけどさ、あれ、ちょっと良さそうだなって」
そういうと笑いながら手元の紙ナプキンを丸めて投げてきた。
何するんだよ、そっちが先に言ってきたんだろ。
大げさによけて、じいちゃんと一緒になって笑った。
ああ、やっぱり、ステーキおいしい。
冷めないうちに、硬くならないうちに食べてしまわないと。
急ぎ気味にナイフを動かしていると、伊月、と声を掛けられた。
ステーキを口に入れながら、視線だけ向ける。
「そのパソコン、いくらするんだ?」
やっぱり、じいちゃんって可愛いなあ、大好きだ。




