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カラン、と店のドアが開いて、片桐さんが迎えに出る。
いらっしゃいませ。見ると、早瀬君だった。
一緒にいるのは、バリバリ仕事をしていますって感じの、
どうみても二十代半ばは過ぎているであろう、とてもきれいな人だった。
一緒に来たいって言っていたのは、
本命の彼女っていっていた、一個上の子じゃないのか。
早瀬君が僕に気づいて、あれって顔をしたので、
小さく手を振って、視線で修の方を示すと、それにも気付いて、
ええ、と、驚いたような表情を浮かべる。
蓬泉は基本的にアルバイト禁止だ。
正直、今回ジルエットで働くのも許可を取っていないから校則違反。
学校にばれたら、自分ちの手伝いをしているだけですっていうつもりだったし、
早瀬君にもバイトの事は言わず、
席、予約しておいたからね、と伝えただけだった。
ちょっとしたサプライズが成功して気分よかった。
二人のテーブルは片桐さんが担当していたから近くには寄らなかったけれど、
早瀬君たちのテーブルにはとても穏やかな雰囲気が漂っていたようだ。
頑張った甲斐があったなあとうれしくなる。
僕も修も社会勉強ができただけでいい経験だと思った。
何より、働きながらではあったけれど、クリスマスを一緒に過ごせたし、
その夜、僕の家に泊まってくれた。
二人ともくたくたで、すぐに寝ちゃったけど。
年末近くなって、特別ボーナスだといってディナーをだしてくれたのは、
素直にすごくうれしかった。
誰かのために働いて、それに触れた人たちが好意を返してくれる。
僕の周りの空気が、時間が、きれいな歯車がきちんと組み合って、
カタン、コトンと美しい音を立てながら廻っているように、
心地いい連鎖を生んでいた。
お正月は修の家で迎えた。
各家でしきたりやいろんな風習なんかがあるんだろうけれど、
本格的な日本のお正月って感じで、とても晴れ晴れしくて厳かで、
今年一年、いい年になりそうだと思った。
修は、午後からは叔母一家がくるけれど、近所だからいつでも会える、
といって、湊と早瀬君と待ち合わせをして四人で神社へお参りに行った。
願いたい事はいっぱいあったけれど、いっぱいありすぎて、
今年もよろしく、とか、そんな事しか浮かばなかった。
今年はどんな年になるだろう。
「二年は修学旅行もあるし、絶対、修と同じクラスキープしないと」
というと、三人が、え、という表情で僕を見る。
「え、なんだよそのリアクション。
僕だってちゃんと気合入れれば、また成績戻せるよ?」
うっかり五組になっちゃったけどさ、本来だったら学年二位だよ?
修と同じクラスがそんなに意外か?
「いや、そうじゃなくてさ、いっち、二年になったら文系特進クラス希望だろ?
俺もそうだけど」
「僕は、理系だよ?」
湊と修の呆れたような言葉に思わず固まる。
そういえばそうだ。二年生になると、文系、理系に特化したコースに別れる。
僕は思いっきり文系。
どっちかっていうと文系寄りってレベルの湊ならまだしも、
理系コース進学には無理がある。
「え、待って、じゃさ、
三学期が、修と同じクラスになる最後のチャンスだった、ってわけ?」
修学旅行は目的地や日程は同じだけれど、クラスによって出発日が異なる。
当然、部屋割りもクラスの班ごとだから、
同じクラスの同じ班じゃなければ別の部屋なのは確定、
出発日が違ってしまったら、旅行先でも会う確率はほぼゼロ。
せっかくの修学旅行なのに、修と全く会えないかもしれないなんて。
「なんだよそれ、ひでえ」
年明けからがっかりだ。今年一年終わったも同然だ。
修、文系にしない? と聞いて見ると、極上の笑顔でさらっと「無理」という。
そうだろうけどさ、きっぱりすぎるだろ。