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二十二日の夜は、厨房で皿を片付けたり、指定された食器を用意したり、
完成した料理をギャルソンが運びやすいように、
厨房の入り口の調理台に並べたりした。
はじめは戸惑うことも多かったけれど、
慣れてくると全体の流れが読めてきて、気持ちが集中してすごく楽しくなった。
楽しかった、けれど、めっちゃ疲れる。
僕たちは下働きだけれど、料理を作るのって肉体労働だなって思った。
そんな中、二手も三手も先を読んで鍋を操り、調味料や火加減を管理して、
寸分の狂いもなく美しく料理を盛りつける料理人に、
尊敬の念を抱かずにはいられない。
昼間はテーブルのセッティングや掃除、
野菜を洗ったりグラスやフォークやナイフ、スプーンを磨いたりした。
普段何気なく食事をしていたけれど、
優雅な雰囲気の陰にこんな労力があったんだ。
「おい」
翌日、二十三日の昼間、ちと、二人、と、片桐さんに呼ばれた。
「今夜は交代でフロアにでてもらう。
細倉さんがな、ずっと厨房でもきついだろって」
そういって、簡単な接客のノウハウを教えてくれた。
立つ姿勢、お辞儀、挨拶や言葉遣い、
お客様がフォークを落としてしまった場合の対応、
水の足し方、タイミング、テーブルにこぼれたパンくずの集め方。
僕はこういった店で食事する事が多かった分見慣れていたけれど、
修はほぼイチから。
でもたどたどしかったのは始めだけで、
すぐに文句なしの動きができるようになった。
ギャルソンの制服は、パティシエの保科さんがサイズを選んで用意してくれた。
面倒見のいい頼れる格好いいお姉さんって感じで、やっぱり好みだ。
ナンパとか、そういうのは興味が薄れたけれど、好みは好み。
「二人ともすっごくよく似合う。初々しくって可愛いこと!
誰かさんもこんな風に可愛いときがあったのかしら」
ちらりと片桐さんの方をみると、
うるせえよ、と真っ赤になってスタッフルームからでていってしまう。
お、今の態度って。なんだ、そういう事か。
保科さんも笑いながら肩をすくめる。ふうん、まんざらでもないのか。
しょうがない、ちょっかいだすのは遠慮しておいてやろう。
開店直後の割とまだ空いている時間帯に修がフロア、僕が厨房で働き、
途中で軽く休憩しながら服を着替えて交代した。
二人とも、細倉さん、片桐さんからなかなか筋がいいとほめられた。
二十四日も昼間から同じように働いて、夜、
昨日と同じように厨房の服を着ようとすると、
二人ともギャルソンの制服を着るようにといわれた。
「お二人は所作も言葉遣いも、
お客様の目に触れて恥ずかしくありませんから」
と、細倉さんからフロア係をするようにといわれた。
付け焼刃で慣れないギャルソン二人、
混雑している店内でうまく動けるか不安もあったけれど、
片桐さんは思っていた以上に指示を出すのが的確だった。
なるほど、メートルに誇りを持っているのも納得だ。
少し慣れてきて修を目で追うと、
担当スペースの五十代くらいの女性客四人のグループに捕まっている。
「いいじゃないの、少しくらい」
「いえ、あの」
真っ赤になっておろおろしている修のところに、すっと片桐さんが近付く。
「申し訳ございません、赤津様。こちらのギャルソンは未成年で。
熟成された上質のワインなど口にしたら、
酔って仕事にならなくなってしまいます」
赤津と呼ばれた婦人は、
まあ、片桐君も言うようになったわね、とうれしそうに微笑む。
ワインをテーブルについている女性たちになぞらえたのに気付いたのだろう。
今夜は特に忙しいもの、お仕事が上の空になったら大変ね、
メリークリスマス、と上機嫌で修を解放してくれた。