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しばらくして、修のご飯が運ばれてきて、僕は先に帰ることにした。
病院の外はもう真っ暗で、すごく寒かった。
鼻の頭や頬が冷たくなって少し痛かったけれど、気持ちはすっきりしていた。
修のお父さんの話を、頭の中で繰り返す。
そうか、修ががっしりとした体型じゃなく、華奢なのは、
生まれつきの体質のせいだったのか。
そうだよなあ、と、納得していた。
「湊のうちは、兄弟して似ているよね。
妹も弟も。家族って感じするね。いいなあ」
にこにこしながらしきりにうらやましがっていた、文化祭の時の修の言葉。
刺さるような冷たい風に、涙がじんと滲む。
気配に振り向くように東の空を見ると、
低い位置に赤く、大きな丸い月が昇ってきたところだった。
翌日、修から「これから、退院することになった」とメールが来た。
湊と早瀬君に見せると、二人とも喜んで、あとで快気祝いしようぜ、と言った。
昼休み、湊を呼び出して二人で話した。
今までの事を謝ったり、お礼を言ったり。
湊がいなかったら、こんな風には絶対乗り越えられなかった。
でも、一番に驚いているのは、自分自身がそんな風に、
客観的っていうか、謙虚に感謝したりできるようになっているってところ。
自分でもなんだか変な感じだけれど、すごく素直な気持ちになれている。
大人になったのかなあ、なんて。
冬休みに入る少し前、いつもの四人でいると、
早瀬君が、クリスマスイブに、ディナーにいいお店とか知っているかな、
と聞いた。
ちょっと気合入れたいんだ、と、珍しく少し照れた風に言う。
これは協力しないわけには行かない。
僕と修はほぼ同時にジルエットの名前を出した。
というか、僕は、こっちはまだアウェイ、お店はあんまり知らないし。
でもクリスマスまであんまり日がない。
早速その日の帰りに修と二人で直接店に行って話を聞くことにした。
「はあ? くりすますいぶぅ?
そんなもん、とっくに予約でいっぱいに決まってるだろ」
くそ、片桐め、相変わらずむかつくメートルだ。
修は、一組、二人分だけ、なんとかなりませんか、と、
細倉さんに丁寧にお願いしている。
可愛いなあ。細倉さんはうーんと考え込む。
「席は、パーティ用の予備の物を出せばなんとかなるのですが、
問題はスタッフですね。
当日はまわせるぎりぎりのお客様分の予約をお受けしているんです。
一席増えると、どうしてもサービスが荒くなってしまいます。
料理の提供スピードを考えると、厨房も臨時の従業員でも雇いたいほどで」
「じゃあさ、僕と修がバイトに入るっていうのは、どう?」
僕の提案に、全員が驚いたような表情を浮かべる。
お二人を、アルバイトとして、ですか。と、細倉さんが再び考え込む。
「忙しいのは二十三から二十五日の夜ですが、
その日いきなり来ていただいても仕事をお教えする時間はありません。
二十二日の夜と、二十三、二十四日は昼間の仕込みと準備、
そして夜、お手伝いしていただけるなら、
二十四日の夜、一組、お二人様の予約を追加させていただきましょう。
当然、学生のアルバイトだからといって、甘やかすような事はしません。
厳しくいきますが、どうします?」
一瞬、修と顔を合わせて、力強く頷いて引き受けた。