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僕の言葉に、一瞬泣きそうな表情を浮かべて天井へ視線を戻す。
「でもね、心配しないで。明日、修に話したい事があるって言ってた。
今夜は安心してゆっくり休んで。わかった?」
「うん、わかった」
発した言葉からは、感情も意味も読み取れない。
ただ、問いかけに反射として口が動いて紡がれた言葉。
修の心がここになくて、どこか哀しい場所を彷徨っている事に胸が痛んだ。
「嘘」
「うそ?」
僕へ意識を戻して聞き返す。そうだよ、修はうそつきだ。
「今夜、これから一人になって本当に安心して眠れる?」
口をきゅっと結んで、少し睨むように僕を見据える。
心配しないで安心して眠るなんて、今の修にそう簡単にできるはずない。
僕に対してそういう事を隠したり、誤魔化したりするのは認めない。
「不安だって言って。一人になりたくないって、言って」
はっと目を見開いて、唇がかすかに震える。
「修?」
「うん」
はあ、と大きく息をついてベッドに沈み込むようにぐったりと力を抜く。
諦めたように改めて僕を見た。
「明日も怖いけど、これから夜が過ぎるのを待つ方がもっと怖い。
一人は、もういやだ」
後半、涙声になって震える。
パイプ椅子から腰を浮かせてベッドサイドにしゃがみながら、修の手を握る。
点滴の管を刺されて包帯を巻いた腕が痛々しい。
「本当はずっとそばにいたいけれど。離れていたって、修は一人じゃない。
明日、きっと全部よくなる。
今夜は眠らないでいるから、怖くなったら電話して。
僕の事、信じられる?」
僕の手を軽く握り返してゆっくりと頷く。
少しだけ表情が穏やかに、落ち着いた目になったように見える。
ほっとして立ち上がった。
「明日、また来るから。おやすみ、できたらちゃんと寝て」
「うん、おやすみ。気を付けて帰ってね」
ここまで来てまだ他人の心配か。
かけてもらった言葉のうれしさと修らしさに、
思わず苦笑混じりの笑みが浮かぶ。
きっと、余程でなければ電話は掛かってこないだろう。
それでも、少しでも僕の言葉を思い出して支えにしてくれたら。
病院を出ると、十三日目くらいの月が、青白く夜道を照らしてくれていた。
部屋に帰って、シャワーで体を温めて、普段、ベッドに入れる状態になった。
ここ最近で今日が一番衝撃的な一日だったのに、
気持ちは不思議と穏やかだった。
けれども頭が冴えて眠れそうにもなくて、
部屋の電気は消してカーテンを全開にした。
月明かりが部屋を照らす。
修はもう眠ったんだろうか。何を思っているんだろう。
修のお父さんも、おばあちゃんも。
そういえば、お母さんは来ていなかった。
冬休みが終わったら五組か。誰がいたっけ。
ま、そんな先のことはどうでもいいや。
でも、湊や早瀬君にはかなり心配をかけてしまっていた。
修も気にするだろうか。修が悲しかったり、苦しんだりするのはいやだな。
ふと見ると、窓枠の影がすぐ足元まで移動してきていた。
月って、こんなに早く動くんだったのか。
委員会の後待ち合わせをしたあの日、修が愛しげに見上げていた細い月を思う。
明日、誰にとっても一番よくなるといい。
心の隅々にまでこの静かな光が満ちて、どんな悲しいことでも照らされて、
そのまま溶けて消えてしまえばいい。