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病院の廊下で修のお父さんとおばあちゃんを見送った。
もうすぐ面会時間は終わりだし、修の意識はまだ戻っていない。
おばあちゃんは、置いてきた唯ちゃんが心配だといい、
お父さんはおばあちゃんに話があると言って、二人で帰っていった。
医師の説明では、意識が戻らないといっても、眠っているような状態で、
心配する必要はないという。
とはいっても、せめて目覚めて、少しでも声を聞いてから帰りたいと思って、
ぎりぎりまで待つつもりだった。
湊と教室に戻ると、学年主任が僕に、一緒に病院に行って欲しい、といった。
準備ができたら職員室に来てくれ、帰りの荷物を持つように、
持てるようなら佐倉の分も、と付け足した。
学年主任の運転する車で修が運ばれた病院に着くと、
椎野先生と、修のおばあちゃんが待っていて、いろいろ聞かれた。
誰も、修が、ときどき胸が苦しくなる事、
心臓が悪いかもと思っている事を知らなかった。
修には、誰にも言わないと言っていたし、約束を守りたかったけれど、
そこにいる全員を怒鳴りつけたい気持ちもあった。
先生は、何も知らなくて当然だったかもしれないけど。
歯車は廻り始めている。
状況は動いて、変わり始めている。
しばらくすると、修のお父さんも病院に到着して、同じような説明をした。
「もしかして、修輔は、本当は私の子供じゃないって、
言っていなかったか?」
修から聞いていたことを伝えるべきかどうか、迷って口ごもる僕に、
はっと何かに思い当たったように、修のお父さんがそういった。
今、目の前にいる彼は、台風の日に修が見せてくれた写真の笑顔より、
ずっとずっと疲れて見えた。
お父さんは、本当のことに気付いているんじゃないかと思う時があるんだ。
修の言葉が蘇る。
知っていたのなら、もっと早く修に話してあげればよかったのに。
隠すんだったら、本気で、全力で隠せばよかったのに。
その話に、おばあちゃんもすごく驚いていた。
修のお父さんは、明日また来ます、その時、ちゃんと話します、といって、
おばあちゃんと帰っていった。
いろんな感情がぐるぐるして、だけれど、不思議としんとした気持ちだった。
台風って、周りは嵐だけれど真ん中、目っていわれているところは、
風もなくて晴れていたりするって言うけれど、そんな感じかもしれない。
病室に入ると、修がぼんやりと天井を見上げていて、
入室した僕へゆっくり視線を向けたところだった。
「修、起きた?」
すごくほっとして、ベッドのそばにおいてあったパイプ椅子を引き寄せ、
座りながら声をかけた。
「体、辛いところない?」
表情を変えずに首を横に振る。そっか、よかった、と微笑んで見せると、
「ここ、どこ」
と、ぼんやりしたまま問いかける。
「病院。もう、夜の八時になるよ。
面会時間が終わるから、僕もそろそろ帰らないといけないみたい」
何を思っているんだろう。うるりと揺れる目でずっと天井をみている。
「修は、今日は病院にお泊りだって。また明日来るよ」
「そう。うん」
「さっきまで、お父さんが来ていたんだよ」
小さくぴくっとして、僕の方を見て、僕の?と聞かれたので、うん、と応えた。
今日話した事を、今、修にも話すべきか、どこまで話すべきか。
なんとなく、新しい、いい流れができていて、
それに乗って流されていくのが自然な気がしていた。
無理に引っ張りまわされるというのとは少し違う、背中を押してくれる力。
「お父さん、修の本当の事、知っていたみたいだったよ」
明日、学校が終わってここへ来る前に、修のお父さんが話すかもしれない。
後から弁明みたいにいうより、今、僕の口から告げておきたいと思った。