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P60

湊が呆れたように大きくため息をつく。


「これからも、戸川みたいなやつはでてくるだろう。

 そのたびいちいち突っかかっていくのか?

 そのたび、修を傷つける気か?」


「関係ないだろ、ほっとけよ!」


「ほっとけるか!」


怒鳴り返されて、睨み返して黙る。


「俺に、ダチを見捨てるようなやつになれっていうのか。

 くっつくにしろ離れるにしろ、覚悟なら自分で決めろ。

 だから最初っから、中途半端な気持ちで修に手、だすなっていったんだよ」


驚いて、痛みに耐えるような湊の横顔を見る。

敵わない。今さらどんな虚勢を張ったって。

その時ふいに、胸に溢れるもの。


数日前の放課後、修と昇降口を出た辺りで待ち合わせをした。

すっかり真っ暗で、待ち合わせ場所に行くと、

修は学校の中から漏れる明かりにぼんやり照らされて、

腰くらいの高さの花壇の淵に座っていた。

斜め上を見て、濃い灰色のマフラーから少しだけ覗く口元は、

イヤホンから修にだけ聞こえる音に合わせているのだろう、

微かに動いて時折、寒さに息が白くけむる。

少し離れたところから、そんな修をみていた。

ふいに、まつげを伏せて大きく息を吸い込み、薄く微笑んで切なげに息を吐く。

修の白い呼吸の形が、わずかな風に運ばれて夜気に消える。


修、お待たせ。


ううん、さっき来たところだから。


委員会、どうだった?


並んで校門に向かう時、さっきの修の視線の先が気になって、

少し斜め上をみると、西の空のまだ高い位置に冴え冴えと、

どこか暖かい色の五日目の月が懸かっていた。


そんな毎日のほんの小さな出来事が、きらきらと降り積もる。

神さま、本当にいるのなら聞いてくれ。

あんたは、人類全ての父なんだろう?

いや、実は宗教なんて、教科書に書いてある史実や年号でくらいしか知らない。

けど、あんたは知っているんだろう?

修がずっと、許しを求めている事。

あいつは僕みたいに半端じゃない。

すごくいいやつで、何一つ悪い事なんてしていない。だから。


「みー」


声をかけると、ちらりと僕に視線を向ける。


「何もなくなんて、ないよ。

 僕にとっては、修に関する事全部が、すごく大事だ。

 それに、誰かが悪いんだとしたら、僕の方だ。修は何一つ」


神頼みなんて、初めてします。

お願いです。神さま。修をお救いください。

溢れる涙を隠すように膝を抱えて顔を伏せた時、

ポケットのケータイが振動する。

早瀬君が、すぐに教室に戻って、と言って来ている。


(行ってやれ)


ふと、言葉のイメージが過ぎった気がした。


(お前が)


音として聞こえたのとは違う。

明け方にみて忘れていた夢をふと思い出したように、

文字か映像が脳内にひらめいた、といった感覚に近い。

僕が、なんだ? 鼓動が早くなる。

力強い何かが湧き上がる。

メールを読み終えたケータイをポケットに戻して立ち上がる。


「なかった事になんてさせない。

 少なくとも、あのわからず屋のド天然に、

 大事に思っているやつらがいる事をわからせないうちは。

 少しでも自分を大事にする気を起こさせないうちは、絶対」


教室に戻る、と宣言する僕に、湊は強い目でにやっと笑いかけて、

おう、と答えた。

この、伊月様とあろう者が。

こんな弱気なんて、らしくなさ過ぎだろ。

自分の望みを、やりたい事を、

よく知らないやつに丸投げして、どうにかしてくれなんて甘えて何になる。

神に、何ができる。

修を抱きしめる事が救いになるのだとしたら、僕が修を救う。

僕が、神になってやる。

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