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入学してクラスが決まって、教室の席順表をみて驚いた。
湊が同じクラスで席も近い。なかなかラッキーなスタートだ。
僕は人脈を作るのが好きだ。
最前列だし、とりあえず両隣のやつらと話してみよう。
右、廊下側の隣は三宅隆志、蓬泉中出身。
入学式で新入生挨拶をしたヤツだから、顔を見ればきっとわかるだろう。
見回すと、そいつは教室の後ろの方に3人くらいで集まって親しげに話していた。
内部進学同士か。改めて自分がアウェイだと思い知る。
左隣は。窓の方を見て、思わず息を飲んだ。
彼との距離は2mと離れていないはずなのに、
意識を向けるまでそこにいることに気づかなかった。
自分の席の椅子を引いて机に向かって立ち、窓の外を見ている。
窓からは眩しいくらいの白い光が放たれて、
数回瞬きをしたら、そこに立つ彼は消えてしまうような気がした。
男子の制服を着ているけれど、細く小さい。
身長は160ちょっとくらい?
肩に軽く掛かる長さまで無造作に伸ばした髪、逆光に薄く透けるうなじと顎の線。
なぜだか、胸が詰まって声を掛けるのがためらわれた。
ざあ、と音がして、窓の下のふちギリギリのところにピンクの波が揺れた。
風に煽られた満開の桜の枝。
次の瞬間、窓一面を下から吹き上げられて舞う、無数の花弁が覆う。
彼の名は、確か、さくら。
いきなり隣の席のやつの方に歩き出した僕を、
湊が不思議そうに目で追うのがわかった。
「どうも」
なぜかトリップしそうな意識を無理矢理引き戻して声を掛けた。
それに気付いて、僕の方へ振り返る。
俯きがちな顔を、大きめの黒縁のメガネと、長すぎる髪が隠すように覆っている。
メガネの奥の目は、上目遣いにこちらをみて、
どこか怯えるようにおどおどと揺れる。
「隣の席の、神崎伊月。よろしくね」
「あっと、佐倉修輔、です。よろしく」
なーんだ。
さっきまでの印象はなんだったんだろう。暗い、臆病な、つまんなそうなやつ。
こいつとは友達になれなそうだ。適当にからかってやり過ごそう。
そんな思いを悟らせないように、
得意の貴族スマイルを浮かべながら、席順表に書いてあった字を思い起こす。
佐倉修輔、祥沢二。しょうさわに? なんだ?
疑問を口にすると、湊が、ここの隣の祥沢市の二中の事だという。なるほどね。
その後のHRで、いきなり副委員長に指名された。
それも驚きだったけれど、もっと驚いたのは、その後の担任の椎野先生の言葉。
「すでに説明してあるとおり、この学校は学年の途中でクラスが変わる可能性がある。
一組は下がる事はあってもここから上はない。
というわけで、とりあえずクラスが変わる可能性が低いと思われる、
今回の成績トップの佐倉と二位の神崎に、
一年間委員長、副委員長を務めてもらう。
もし二人がこのクラスから移動する事になったら、
その時また考えるって事で、いいな」
秘かに驚いて、隣に立つ佐倉とかいうやつをちらりと見た。
こいつが、学年一位?
この、ぼさーっとした、いるのかいないのかわからないようなやつが、
この学年で唯一僕より成績がいい?こんなやつの下で一年働けって?
ま、いいや、面倒な事は委員長様に押し付けておけば。
てか、つまり、席順は佐倉から廊下側に向かって3位4位、という並びか?
3位の三宅君が蓬泉中出身者の1位、か。
中学在学中から成績優秀だったとしたら、なるほど、それで新入生挨拶、ね。