P58
修は焦点の合ってなさそうな目で、湊を掴んでいる手を頼りに、体を乗り出す。
「何もない。湊。僕と、伊月は」
「……修?」
「何も。伊月は、悪くない。全部、僕が」
何を、言っているんだ?
湊を見ると、驚きと焦りが混ざったような表情をしている。
どういう事か問いかけようとした時、修の力が、ふっと抜ける。
小さな声で何かを言っている。
口元に耳を近づけると、ごめんなさい、と聞こえた。
ごめんなさい、かみさま、ごめんなさい。
全身の震えが止まらない。薄く修の目が開く。
「とまと」
「ん」
「いっぱい、とれた?」
意識が、混濁しているんだ。恐怖で涙が込み上げてくる。
「うん、真っ赤なのね」
安心させたくて、少し微笑んでそういうと、うん、と弱々しい微笑を浮かべる。
「どうした。佐倉?」
と、椎野先生が教室に入ってきた。
椎野先生も近くにしゃがんで修の様子を見ている。
湊が、以前にも、クラスマッチの時に同じような発作を起こしました、
と先生に話している。
「今、救急車が来るから」
先生が声をかけているのは、届いているんだろうか。
困ったような顔をして、囁くように言う。
「いつき」
「ん」
「唯が、救急車、怖がるから」
なんで、こんな時まで。
ゆっくりと唇を舐めて、苦しげに眉をしかめて、途切れ途切れにいうので、
涙が止まらなくなる。
「だから、そばに」
「唯ちゃんより、自分の事を心配しろよ。
唯ちゃんは、おばあちゃんと家にいる。そうだろ?
修が心配しないでも。謝る事なんて何もないんだよ」
小さく、ごめん、ごめんね、といい続けて、
う、と体を硬くして胸を押さえる手に力を込める。
遠くに救急車のサイレンが聞こえてきた。
はっと僕の顔を見て、涙をいっぱいに浮かべた目で、
怯えたように頭を横に振って、そのまま、すっと意識を失った。
それからすぐに、担架が運ばれてきた。
椎野先生に、修は心臓が悪いのかもしれません、
年に一、二回、こういう発作があるって聞いています、
僕も病院にいきます、と言った。
「生徒は学校で待機だ」
ストレッチャーは、あっという間に行ってしまった。
教室にはざわざわとした雰囲気と生徒だけが残された。