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いらないのに産まれてしまった、

保健所で処分するといわれていた子犬だった唯ちゃんに、

心を救われていた、といった。

みんな唯が大好きだった。

祖父母も、本当の家族みたいに思って、大事にしていた。


僕が、神に望まれずに産まれて来た事が、

祖父母と血が繋がっていない事がわかってしまっても、

もしかしたら、唯みたいに、家族だと思ってもらえるかもしれない。


縋るのにはあまりにも頼りない、儚い、

それでもきっと、その頃の修にとっては、たった一つの希望。

知らなかったとはいえ、それを僕は、

嫉妬と苛立ちに任せてそんな邪魔なやつは捨てて来いと言ったのだ。

修が必死に唯ちゃんを守ろうとしたのも当然だ。


「前みたいな、発作、なのかな、ああいうの、よくあるの?」


真実を見極める事も、精神の内側を癒す事も、

すぐにどうこうできなくても、せめて体の問題くらいは。


「あそこまでひどいのは、年に一回あるかどうか。

 痛みが来そうな時は、だいたい予兆があるからわかるんだ。

 気分的なものが大きいと思う。

 すごく嫌な思いをした時とか、ひどく緊張したりすると、

 胸の奥の方がチリチリってなって、

 喉に何かが詰まったみたいに息が入っていかなくなる感じがする。

 予兆があったら、なんていうんだろう、心を切り離す感じにするんだ。

 ロボットみたいに、夢の中の出来事みたいに感じようとすると、

 だいたいはあんまりひどくならないで済む」


これも、もしかしたら同じ線上にあるのか。


「やっぱり、ちゃんと病院に行った方がいいと思う。できるだけ早いうちに」


「それは、ごめん」


「なんで謝るんだよ。

 今の話、どう聞いたって、修に悪いところ、一個もないだろ。

 全部、どうしようもない事だよ。

 むしろ、修の周りの大人全部にむかつく。

 なんでもっとちゃんと修の事を守らないんだよって文句いいたいよ」


「元々、生まれて来るべきじゃなかったんだ。

 それでも、今だって日々いろんなものを消費している。

 これ以上、誰かに負担をかけるわけには」


「修を、大事に思う人がいても?」


言葉を遮ると、口を閉ざす。


「修はどうなんだよ。

 おじいちゃんやおばあちゃん、

 お父さんと血が繋がってないって思っているんだろ?

 それで、嫌いになったの?

 本当は他人だから、もう関わりたくない?

 もし、おばあちゃんが、ずっと具合が悪いから病院に行くって言ったら、

 悪く思うわけ? 金がもったいないって? 違うだろ。

 さっき自分で唯ちゃんの事、家族だって、大好きだって言ったよね。

 定期的に病院に連れて行ったり、

 予防接種受けさせたりしているのはなんでだよ。

 体にいいからって、ちょっと高いごはん選んでいるのは?

 血統書もない、その辺で生まれた、ただの雑種の犬なのに」


話すうちに、怒りが抑えられなくなってくる。もっと、自分を大事にしろって。

なんで自分以外のやつはバカみたいに心配するくせに、

ほんの少しでもそれに自分の事もあてはめない?


「どんな風に生まれたとか、関係ないだろ。

 大事に思うから、心配なんだよ。

 正直、僕は家族、暖かい家庭とか、そういうのに恵まれているわけじゃない。

 だから、家族がどうとかいえないけれど。

 少なくとも、おばあちゃん、修の事すごく大事にしてるって思ったよ。

 いろいろ表沙汰になったら、もめる事もあるかもしれない。

 けど、ずっとこのままでいいとは思えない。

 なんで修ばっかり苦しまないといけないんだよ」


幼い子供のような泣き顔になった修の頬を、涙がこぼれる。


「おじいちゃん、立派な人だったんだろ?

 お父さんには、会った事ないし、どんな人かわからないけれど。

 少なくとも、おばあちゃんの事、信用するわけにはいかない?

 修がこんな思いを抱えているって知ったら、

 助けたいって思ってくれるんじゃないか?

 それでももし、みんなに修の事いらないっていわれたら」


勢いでそこまで言って、さすがに続く言葉を口にするのを戸惑う。

修が不思議そうに僕の顔を見る。


「僕が修をもらう」


目を丸くして、ぽかんと口を開けている。

本心からの望みを、真剣に言ったつもりだったけれど、

やっぱりなんだかおかしい。

照れ臭さもあって、笑いが込み上げる。

堪えようとしていたのに、修も笑い出すから、一緒に声をだして笑った。

笑ううちに、感情が溢れるように修が泣き出した。

もう、一人じゃない、と伝えたかった。

修は抱きしめた腕の中で、ずっと、ずっと泣いていた。

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