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修は母親から、父親の本当の子供ではないと、

実は自分と、自分の双子の兄の間にできた子供だと聞かされていた。

自分の勝手な事情で修を父方の祖父母に預けると、

その秘密が漏れれば一緒に暮らしていた父親とも、

暮らし始めた祖父母とも他人になって家を追い出されると修を脅していた。

いい子でいるように、勉強をたくさんするように。

修はそんな言い方をしたわけじゃないけれど、

僕にはそんな風にしか思えなかった。

クラスマッチの時にあった発作も、

時折起こる事を母親は、母親だけは知っていたようだ。

兄妹の間に生まれた子供だから神に呪われているのだと、

心臓が普通じゃないと、

秘密が漏れるから、その痛みは誰にも知られてはいけないと言い聞かせていた。

何の罪もない、幼い修に。

走っちゃいけない、怒っちゃいけない、思い切り笑っちゃいけない。

一体どんな思いで、どんな恐怖で、かみさま、ごめんなさいといいながら、

たった一人でその痛みに耐えてきたのだろう。


「そんな事を」


肉体的な暴力ではないかもしれない、けれど、これは。

今、目の前に修の母親がいたら殴りつけていたところだ。

僕の様子に気付いたのか、

慌てたように祖父母と暮らし始めて楽しかった事を話してくれた。

無自覚かもしれないけれど、話を聞くイメージでは、

小中学校での修は、軽くいじめられていたんじゃないだろうか。

いじめ、というよりは、疎外。

高校生になって、朝、教室に入ると、

みんなにおはようっていってもらえるのが本当にうれしくて、という。

不憫さに目眩を覚える。

成長して大きくなるにしたがって、僕はどんどん母親に似てきた。

大人の知人に会うと、たいてい、誰に似ているのかという話題になる。

僕はそんな話題が、すごく怖かった。

中学1年のとき、おじいちゃんが亡くなって、お父さんが葬儀の喪主をした。

葬儀の時、とても久しぶりに両親に会った。

他のみんなが、母に瓜二つだと驚く中で、母は僕を見て、

とても誇らしげに笑って、本当にお父さんによく似てきたわね、と言った。

両親のどちらに似ているとか、似ていないとか、

そういう話題が、怖くて仕方がない。

だんだんと、髪を伸ばしたりして顔を隠すようになった、という。

いろんな記憶が蘇る。

クラスマッチの時、確か僕は修に、「お母さん似?」と言った。

表情が曇るのは、顔をだせばいいのに、と言ったときだ。

修の話には、確かに一貫性があるというか、

絶対にありえない話ではない、と思う。

けれど、どことは言えない違和感。何かが引っかかる。

本当にそんな事、周りの誰も気付かずに過ぎるものなのか?


「それってさ、信憑性あるの?

 どこがとは言えないけれど、なんかおかしくない?

 そうだな……その、本当のお父さんって人とか、

 お母さんの方のおじいちゃんとかには会った事ある?

 例えば、なにか訳があって修を預けないといけなくて、

 いい子でいるようにって、でも、そんないい方ひどすぎると思うけど、

 そういうのでお母さんが言う事をきかせるために、

 そういっただけって事ない?」


今聞いた話の発信源は、母親だけだ。

父親や祖父母はどんな風に修をみていた?

完全に無関心だったとは思えない。修は少し考えてから話を続けた。


母親の双子の兄、修の本当の父親だと言う人は、自ら命を絶ってしまっていて、

母方の親族にも会った事はない、という。

父親と祖父母にはこの事は隠そうとしていたわけだから、

彼らに真偽を確かめる事はしていないのも当然。

本当の事を知っているのは、母親だけ、か。

それでも修は、その母親の話を信じ切っていた。

そう信じるだけの何かが、今までの修の毎日の中にあったのだろう。

父親と祖父母を、血縁があると騙している。

母親と自分は神に背く穢れた共犯者なのだと。

彼らに対する罪を、一生かけて償っていこうと決心した矢先、

祖父が突然亡くなってしまう。

その喪失感と、償えなかった罪悪感。

明日の事は、誰もわからない。命は永遠に続くわけじゃない。

その儚さに絶望したのだろう。

痛みを感じる権利もないと、その痛みの根源を誰かに理解してもらう事も望めず、

見ぬフリで押し込めて。

無意識に、人はいつかいなくなるのだという痛みを封印するため、

誰とも繋がらなくしようとしたのだろう。

これがきっと、修の欠落の本質。

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