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修は弱々しく頭を振ってうな垂れながら言う。
「頭では、わかっていたんだ。
本当は、おじいちゃんも、おばあちゃんも、ちゃんと愛してくれているって。
だけど、それは僕が二人を騙しているからで」
苦しそうに言葉を止めると、涙が頬を伝って落ちる。
これが、断絶の原因。そう思い込む何か。
来ないで、と、助けて、がせめぎ合っているのだろう。
「修、ちゃんと話してみて」
頭を激しく横に振って、ローテーブルの上に突っ伏す。
「修」
「言えない」
「だめ」
「言えないんだよ」
「話せっていってるだろ」
「だめなんだよ。知れば伊月だって絶対」
「絶対、なんだよ。人の事勝手に決めるな」
「嫌な思いさせる」
「したっていい」
テーブルから顔を上げて、真っ赤になった目で僕を見る。
「嫌な思いなんて、したっていいんだよ。
修の事、知りたいっていっただろ。
とりあえず、吐き出すだけじゃだめか?」
ゆっくり体を起こしながら、数度瞬きをする。
ごくり、と何かを飲み込む。
顔が強張って、水割りのグラスに伸ばした指先が小刻みに震えている。
そこまで、怯えるような事なのか。
「いや、あの。本当に、言いたくないんだったら、無理にとはいわないよ。
ごめん。でも、それで少しだって楽になるなら」
引こうとする僕に、小さく笑顔を見せてくれる。
目も唇もかすかに震えている。
「この事は、誰にも話した事なくて。
あの、言わないでくれるかな。他の誰にも」
「言わない。絶対」
ふう、と息を吐いて数秒目を閉じ、
立ち上がって学校から持ってきた自分のビニール袋を探る。
よれて少し古びた水色の封筒が見えて、中から一枚の写真を取り出し、
じっとみてから僕の方に差し出した。
手にとってその写真を見る。一見、ごく普通の親子の写真。
がっしりと優しそうな、三十代後半くらいの男性に、
色が白く、ぱっちりとした目の、利発そうな幼稚園児くらいの男の子。
その中で、母親らしいやわらかいウエーブの長い髪の女性に、
目が釘付けになる。
「僕が五歳か六歳頃の写真。
一緒に写っているのは、父さんと母さん。そっくりでしょ」
うなずいてもう一度写真に視線を落としてから返す。
もし、修がこれから女性として数年成長したら、
まるっきり写真の彼女と同じようになるだろう。
ここまでそっくりな親子も珍しい。
修の様子は、さっきから比べたらずい分落ち着いているようだ。
しばらく無言の後続いた話は、怒りで目の前が暗くなるほどひどいものだった。