P52
「あ、あのさ、何か、飲むものある?」
飲むもの?
予想外の言葉に、冷蔵庫の中身やキッチンのストックを必死でたどる。
「飲むもの……えっと、ミネラルウォーターと、お茶と」
そういうと慌てたように頭を横に振る。ああ、飲むものって、そっちか。
「水割りにしておこうか」
立ち上がって適当にスコッチのビンとカットの入ったタンブラーを用意する。
普段は酒を水で割るなんて、と思っているけれど、
修はアルコールに慣れていない。
酒の力を借りようというのだろう、前後不覚になるほど酔う必要はない。
少し気分が落ち着けばいい。
氷を多く入れて薄めに作ったそれを修の前に置くと、
ありがとう、いただきますといって両手で包むようにして少しだけ口をつける。
同じようにグラスを傾けると、カランと氷が鳴る。
「文化祭で、バイオリンを弾いた時」
静かにたどたどしく、修が話し始める。
「生まれて初めて、生きていてよかったって、
この時間が終わる事、いつか死んじゃう事を、もったいないって思ったんだ」
そんな事、生まれて初めて?
じゃ、今までは。僕の驚きに気付いたのか、ふふ、と笑う。
「この前、一緒に土星をみた日。
少なくとも僕が覚えている中で、初めて誰かに抱きしめられたんだ。
んと。うまい表現がみつからないから、変だったらごめん」
「飾った言葉も、格好いい言葉もいらない。思いつくまま言って」
そこから、修の本音を感じたい、と思った。
少し安心したように言葉を続ける。
「触れられるって、すごく幸せなんだって思った。
キス、した後、自分はこのままでもいいのかなって、
そんな風に思ったのも初めてで、髪を切ろうと思った。
眼鏡を外して学校に行こうって思えたのも、伊月のおかげなんだよ。
湊や早瀬君や、学校中のみんなのおかげでもあるけれど、やっぱり」
そこまで言って、はあ、と肩を落とす。
酔いがまわり始めているのかな。それとも。
迷うような様子に、じっと言葉を待つ。
「僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ。
今だって本当は、生きていちゃいけない。
誰かに愛される権利も、価値もない。
それでも、伊月と出会って、友達になって、
死んじゃうのがもったいないって思えたんだ」
思っていた以上に、強くてひどい言葉だった。何て事を言うんだ。
「何でそんな事いうんだよ。
生まれてきちゃいけないのに、生まれてくるわけないだろ。
修のおばあちゃん、すっごく修の事大事にしてるし、
唯ちゃんだって修の事大好きだし。
話、聞いただけだけど、おじいちゃんだって。
湊や早瀬君だけじゃないよ、学校のやつらだって、
修に助けられているところいっぱいあるし。
こんなに必要とされてて、みんなに愛されてるやつ、他にそういないよ。
あのさ、飼っている犬が不安そうだからって理由で、
一晩中慰めているようなやつが、生きていちゃいけないってなんなんだよ。
そんなわけないだろ」
堪えきれずに、つい強く言い返してしまう。




