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動揺だろうか、戸惑いだろうか。修の目が揺れて、僕から逸らされる。
いつか終わる事が決まっているとしたら。
終わったらすべて、意味がなかったとして消えてしまうのかな。
結婚して子供を作る事ができない事が決まっていたら、
それはする意味のない恋?
誰かを傷つけるのでもなく、
見せびらかして自慢したいわけでも、なかったとしても?
修に話しながら、自分自身で意識する事さえなく、
心のどこかにあった葛藤に気付く。
「未来がない恋は、しちゃだめ、なのかな」
修が強く僕を見て、ううん、と首を振るのと、
閃光が窓をまぶしく貫くのがほぼ同時。
はっと窓を見る修の視線を追うと、
建物をビリビリと振動させるほどの雷鳴が響いて、部屋の照明が消えた。
そわそわと修がかすかに動く衣擦れの音が聞こえる。
まだ暗闇に慣れない目には、何も判別できない。
座っていたラグの床の上を、そっと手を滑らせる。
さっきまで、修の手があった場所へ。
触れたものの形を確かめるようになぞり、
少し逃げようとするそれが、修の手だと確信して指を組み合わせる。
雷が光って部屋を一瞬だけ明るくし、修の輪郭を見せる。
網膜に残る残像と息遣いを頼りに、ゆっくり距離を近づける。
「修」
「うん」
答える修の、少しかすれて震えるような声が近い。
「好き」
組み合わせた手が、ぴくりと動く。
お互いの額の距離は、多分十cmも離れていない。
怯えさせてしまっただろうか。不快に思われただろうか。
「ごめん。修が好き」
言葉は返ってこない。
少し俯いたらしい修の前髪が、僕の前髪に触れたのを感じた。
「言うつもりはなかったんだ。
それで、どうしたいとか、どうして欲しいとかもない。
でも、伝えずにはいられない。
もう、僕にとって、修は特別なただ一人で。
いつか消えたとしても、意味がないなんていわないで。これが」
風が鳴る。叩きつけられた雨が、バラバラと窓に当たる。
「僕の秘密」
そう言い終えると、部屋の明かりが点く。
すぐ目の前に修の顔があって、気まずそうに視線を外す。
「いつから?」
「もう、ずっと」
ずっと、と、小さく繰り返して目を閉じる。
「あの、ずっと、気付かなくてごめん」
「ほんとだよ、修の鈍感っぷりはギネスクラス」
軽く笑って、繋いだ手を見て、そっと離す。
「気持ちを受け入れてもらおうとも、思ってない。
こんな事、言われても困るよね、ごめん」
すごく、自然で穏やかな気持ちだった。
少しだけ、緊張と後悔もあるけれど。
修は、リアクションに困っているのか、
何か言おうと言葉を捜しているようだった。




