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しばらくして、じいちゃんから着信があった。
やっぱり、手を回したのは、あのばばあ。
まさかこんな手に出るとは、と、じいちゃんはいった。
すべての手続きが済んでいる、気付くのが遅すぎた、と。
あの、陽一の誕生パーティでバイオリンを弾いた日以降、
僕の存在はかなり噂になっていたのだそうだ。
優秀な弟、実質的な実権を握ったままの先代も、その弟の方を可愛がっている。
次の後継者は、実は。
どうしても陽一を跡取りにしたいばばあは焦って、その挙句の今回の暴挙、
という事らしい。
じいちゃんとの通話を切ってしばらくして、再びケータイが鳴る。
親父からで、学校が終わったらすぐ帰ってくるように、という。
帰宅し、説明を求めようとする僕を、ほぼ強引に車に乗せて連れ出した。
高速に乗り、数時間。どこへ向かっているのかは、だんだん予想が付いてきた。
すっかり日も暮れた頃、やっとたどり着いたのは、
まだ新しい、豪華なマンションだった。
「セキュリティがしっかりしていて」
いや、待てよ。
「近くにコンビニもあるし」
僕が聞きたいのはそんな事じゃない。
「部屋も防音がしっかりしている。広さも充分だな」
だから、そうじゃないっていっているだろう。
「塾や家庭教師の事は、後でちゃんと」
「なんでこんな事になったんだよ!」
僕の剣幕に、口を閉じてじっと顔を見る。
「蓬泉高校って、なに。
試験も面接も受けていないどころか、学校にだって行った事ないのに、
合格とかおかしいだろ」
「お前は次男だから、外の空気も吸っておいた方が、いいと」
表情のない声で、ぼそぼそと言う。こいつが味方になってくれる可能性はない。
今まで散々バカにした態度を取ってきた。
そんな可愛げのないガキを守るより、自分自身の保身を優先するだろう。
「新しい環境に慣れる時間があった方がいいだろう。
今日から、ここに住みなさい。
中学は、卒業式まで行かなくていいようにしてある。
高校の入学式までのスケジュールは、この封筒の中のプリントに書かれている」
展開に呆然としている間に、気付けば見知らぬ部屋に一人で取り残されていた。
室内を見回すと、僕の私物がいくつかある。
僕のバイオリン、新しいアップライトピアノ。部屋においてあったCDと本。
クローゼットを開けると、見覚えのある服と、真新しい制服が掛けてある。
手にとって正面からみてみると、蓬泉高校のパンフレットの表紙に写っていた、
爽やかな笑顔の男女が着ていたのと、同じ制服。
ばばあ、やってくれるじゃねえか。
苛立ちに任せて壁に叩きつけてやろうとして、やめた。
あーあ。ここ、ひどいバカ学校だったら、どうしよ。
制服をクローゼットに戻してしばらくソファに座って放心して、外に出た。
自分で思っていた以上に動揺していたんだろう。
ここで、僕らしくない失敗をやらかした。詳しい事は割愛。
それを、背の高い、同じくらいの年の男に助けられた。
お礼をするからと、慣れない自宅へ招いた。
今思えば、知らないやつをいきなり家に上げるなんて、
それだけでも正常な判断ができない状態だったのがわかる。
話を聞くと、そいつは高城湊という名前で、蓬泉高校に入学予定だという。
とりあえず、新しい学校での友人第一号だ。
僕は普段、あまり自分の事を話すタイプじゃないけれど、
その日一日に起こった事を話し始めると止まらなくなった。
話しながら、なんだか泣けてきた。そんなに、実の息子が邪魔か?
別に、あの人たちに愛されたいわけじゃない。
陽一みたいに扱われたいかって言われれば、今の方が断然いい。
でもさ、なんでもうちょっとマトモな親じゃないんだよ。
もう高校生になろうっていうのに、
自分の人生の選択権も、説明もなしにこの扱いってどうなんだ?
湊はマイペースで、ある意味、懐が深くて、大人な感じがした。
リュシオルの苦労しらずのお坊ちゃまとは違った強さが心地よかった。
これが、僕が蓬泉学園に入学するまでの話。