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「ごめ、なんか、土星に欲情した」
もうちょっとマシな言い方はなかったものか。でも、うまく説明できない。
修は呆れたように大きくため息をついて肩を落とした。
「初めて、だったんだけど」
「ファースト?」
キス? わお。
軽く感動というか、衝撃を受けている僕の横で小さく肩をすくめて、
望遠鏡をセットしたのと逆の手順で片付け始める。
その手の甲に、ぱた、と雫が落ちた。
え。修の頬を光の筋が伝う。
「え、あ、ごめん。
いや、あの、これはさ、今回のは、カウントしないでいいと思うんだ。
減るものじゃないっていうか、ああ、そうじゃなくて」
やっべ、ファーストキスってそんな重要か? いや、修ならありえる。
必死で言葉をかけると、激しく首を横に振る。
泣かせるつもりじゃなかったんだけど、っていうか、無意識であんな事。
「あー、あの、軽率だった、ほんとごめん。なかったって事で……」
「違う。そういう事じゃなくて」
それだけ言って、肩を震わせる。
そういう事じゃ、なくて?
しばらく落ち着くのを待つと、修が話し始めた。
「星の命は、いつか終わる。何億年も先だけれど、いつかは。
太陽も地球も、銀河も宇宙も、この世界の全てが消えてなくなる日が来る。
それがいつかはわからないけれど。
人は地球からでて暮らせるようになったとしても、宇宙からはでられない。
記録の媒体も、なにもかも残せないんだ。
星の寿命と比べたら、人の命は短い。
おじいちゃんが死んじゃって、おばあちゃんも、唯も、
きっといつか、僕より先に。そうしたら、僕は」
おじいちゃんは、修にとって、とても大事な存在だったのだろう。
その祖父が亡くなった時、誰かが修を抱きしめたんだろうか。
小さな子供が、
パパやママもいつか死んじゃうの? と、問いかける時のような不安を、
慰めてくれた人がいたんだろうか。
一人ぼっちになる恐怖を、どんなに愛する人でも、
いつかは永遠に会えなくなる日が来るという残酷な事実を。
いい子で手が掛からなかったという修の、
蔑ろにされてきたであろう、繊細すぎる感性を。
手を伸ばして、修を抱きしめた。
これまで僕だって、ちゃんと考えた事なんてないけれど。
だから、わからないし、言葉になんてできないけれど。
腕の中で泣きじゃくる修に、伝えたいと思った。
人が生まれる訳。生きていく意味。そんなものが、本当にあるのならば。
そっと体を離すと、涙で濡れた修が僕を見上げる。
守りたい、と思った。
「僕がいるから」
時速10万kmで宇宙空間を疾走する星の上、
込み上げる思いのまま、溢れる、狂おしい愛おしさのままにキスをした。