表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/74

P45

修の後について廊下を渡り、ベランダに出る。

天台望遠鏡を用意して、空を見てセットする。

数分、なにやら集中していじっているのを、離れたところから観察する。

リーリーという虫の声と、どこかの家の人の気配、

たまに車が通り過ぎる以外はとても静かだ。

満月に近い月が、天空の高いところにある。修が体を起こして、


「覗いてみて、望遠鏡、動かさないようにね」


といいながら、その場を譲ってくれる。

触らないように気をつけながら、

さっき修が覗いていた筒のあたりに片目を近づける。

はじめは真っ暗で何も見えない、と思った。

ちょっと目の位置を動かすと、見覚えのある形が見えた。

これ。

顔をあげて、望遠鏡が向いている筒の先の夜空を見上げる。

小さな星がいくつか光っているのは見えるけれど、いつもの夜空だ。

もう一度レンズに片目を近づける。こんなに、はっきりと。

一瞬、写真がレンズの下に貼り付けてあるんだろうか、なんて思ったけれど、

そんなはずはない。リングを持った星。


「土星?」


大きな声を出したら消えてしまいそうで、囁くようにそういった。


「うん、太陽系第六惑星、サターン。

 地球からの距離は、確か13億km、だったかな」


13億キロ。さっき修の部屋できいた、光の速度の話を思い出す。


「今みえているこの姿も、今の、じゃない?」


「そうだね、えっと、一時間ちょっと前くらい、かなあ」


「一秒間に地球を七周半する光の速度で、一時間」


光の速さなんて、普段の生活では時差なんて感じない。

肉眼で見えるものは、今そこにあるもの、だ。それが。

土星は確か、太陽系で木星に次いで大きな星だ。地球の、何倍だっただろう。

自分の知識のなさがもどかしい。

あの土星も、時速何万キロなんていう速さで太陽の周りを回っているのだろう。

確かに修が言うように、笑ってしまうくらい遠い話だ。


「すごい。土星って、本当にあるんだね。

 今まで、知ってはいたけれど、でも、そうだね、

 本当にこの世に存在しているって意識はなかった。うわ、めっちゃ感動」


知っていてもわかっていない事の、なんて多いことだろう。

修も、初めて土星を見たときはすごく感動した、という。

胸が締め付けられるような思いがした。

太陽系は、宇宙から見たら本当に小さい。

なのに、土星でさえ、地球の公転の範囲でさえ、こんなに遠い。

空に瞬く恒星は、さらに太陽系を越え、

光の速度で何年、何百年もかかるくらい遠い。

修の家のベランダの先、近所の家に、灯りの点いている窓が見える。

そこには誰かが生きている。

なんだろう、距離感がおかしい。人間が出会うって、こんなに簡単でいいのか?

この広い宇宙の中で、手の届く範囲に存在するって、

家族や友人として親しくなるって、

本当はすごく、奇跡的な確率なんじゃないか?


「少し寒くなってきたかな、そろそろ戻ろうか」


望遠鏡を片付けようと、僕の隣に一歩近寄った修の腕を引いて、唇を重ねた。

一瞬触れた程度の、軽い。

修は突き放すように二、三歩下がって驚いたように僕を見る。

自分でも驚いた。ほとんど、無意識。鼓動で体が揺れそうだ。

びっくりしすぎて、なんだか笑ってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ