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ドッグランで、ゆいちゃんは楽しそうに遊んだ。
ただ走ったり、他の犬に近付いたりする事の何が楽しいのかは、
正直理解できないけれど、それでも本当に楽しそうだった。
遊びながら、たまにこちらを見る。
修が手を振ると、にっこりしてまた遊びだす。人間の子供と一緒だ。
「犬って、しっぽで感情がわかるって聞いた事あったけど、
顔の表情でもわかるんだね、初めて知った」
修はおかしそうに笑って、
「怒られそうな時はしゅんとするし、
嫌な時は、あーもうサイアクって顔するし、
恥ずかしい時は誤魔化そうとしたりするよ」
と教えてくれた。
「今日は、すごく機嫌がいいよ。伊月がいてうれしいみたい」
「え、ほんとに?」
犬にだって、好かれたらうれしいなあ。
公園の周りには、桜の木がたくさん植えてあった。
今はもちろん、枯葉がいくらか残っているだけ。春に満開になれば見事だろう。
また、修と初めて会った時の事を思い出す。
細い後ろ姿。光に透けていた髪。
なぜか胸が詰まって、話しかけられなかった、あの時。
もしかしたら、あの時から予感があったんじゃないだろうか。そうきっと、
「初めて会った時からずっと、」
僕の思考に修の言葉が重なってどきっとする。
「伊月のことが好きなんだ」
「え」
そういう修の横顔は穏やかで、優しい眼差しで前を見ている。
僕に振り返って、笑いかけて、
「さっきから、遊びたそうにしてる」
といって、再びドッグランに視線を戻す。唯ちゃんがちらりとこちらを見る。
あのさ、修、わざとやってるよね?
動揺と脱力を悟られないように少し俯いて体を硬くする。ああ、もう。
「よし、遊ぼう!」
思い切り立ち上がると、修もうなずいて、
バッグから少し汚れたボールをとりだし、
「ゆい!」と大きく声を掛けてボールを投げた。
自棄になって遊びまくって、へとへとになって笑った。
修の家へ向かう道は、とてもきれいな住宅街の中にあった。
住んでいる人たちのセンスや、思いやりや、
常識なんかがちゃんとしているんだろうな、と思えた。
ここ、という修の言葉に、彼の家を見た。
周囲の家と比べると、少し小さめだけれど、その分庭が広く取ってある。
門の前から玄関にかけて、手入れの行き届いた花壇がある。
しっくりとした、センスのいい、居心地のよさそうな家だった。
庭の隅に畑があって、そこに修のおばあちゃんがいた。
「ただいま」
「おかえりなさい、伊月さん、いらっしゃい」
「こんにちは、お邪魔します」
「伊月から、おみやげをいただいたんです」
ごめん、本当は唯ちゃんに買ったんだったけれど。
人間用のお菓子は、犬は食べられない、よね。
わざわざそんな事をいう必要も無い。
「まあ、気を使わないでいいのに。お茶を淹れましょうか」
おばあちゃんのうれしそうな様子に、ちょっと罪悪感が湧く。