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土曜日、学校が終わっていったん家に戻り、着替えて駅前で焼き菓子を買った。
初めてちゃんと会う、修の彼女に。どこか悟りを啓いた気持ちで電車に乗った。
穏やかな秋の午後。色づき始めた木々が華やかでどこか哀しい。
修の家の最寄り駅で降りるのは初めてだ。
小さいながらも清潔で、どこか暖かい。ここを修は毎日通っているのか。
改札を出て看板を見上げ、南口を目指した。
階段を降りながらロータリーを見下ろすと、ベンチに座る修が手を上げている。
手を振り返しながらよくみると、一匹の犬を連れている。
雑種だろうか、明るい茶色の毛に、黒く丸い目が可愛い。近寄って挨拶をする。
「時間、ちょうどだったね。僕たちも今来たとこ」
「そうなんだ。この子、修の?」
しゃがんで、こんにちは、というと、耳を倒して顔を近づけてくる。
彼女は、まだなのか。ここじゃない場所で待ち合わせなのかもしれない。
「可愛いね。名前は?」
「え?」
「ん?」
「名前?」
「うん? 名前」
そんなに変な質問か?もしかして、名前つけてないとか。
「ゆいだよ?」
「え?」
「伊月が唯に会いたいっていったんでしょ」
数秒、呆気に取られて、こっちに興味津々らしい犬と、
修のきょとんとした顔を見比べる。
「え、待って、この子が唯ちゃん?」
「そうだけど」
「いぬ、だよね」
思わず言葉にしてしまうと、修はすっかり戸惑ったように、
「………キツネとか思った? 普通に犬だよ」
という。
代わりがいないほど大事な子。
しばらく遊べなかったから、機嫌を取らないと、という。
もしかして、彼女? まあね、そんなとこ。
いろんなやり取りが浮かぶ。
ぐるぐる考えて、吐きそうなほど辛くて眠れなかった夜。
湊に相談して泣いた日。一気にばからしくなって、思わず噴出した。
笑いながら、こらえ切れず涙がこぼれた。
公園に、よく行くドッグランがあるんだ、と誘われて、一緒に歩き出した。
道すがら、いろんな話を聞いた。
ゆいちゃんは、五年前におじいちゃんがもらって来た犬だって事。
そのおじいちゃんは、ゆいちゃんの散歩の途中、事故で亡くなった事。
それ以来、救急車を怖がるようになった事。
言葉の端々から、修がゆいちゃんを大事に育てているんだという事を感じた。
飼い犬は家族だというのは、よく聞く話だ。
こんなに大事にしている子を、捨てて来い、新しいのにしろなんていったら、
怒るのは当然だろう。