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舞台袖に引いて、感情が抑えられなくて、いきなり修を抱きしめた。
「すごいよ、感動した。鳥肌がマジやばい」
「佐倉君、本番に強いね、気持ちがはいって、こっちが引っ張られた」
という、早瀬君の言葉にうんうん頷いた。
修は少し緊張で頬が火照っている風である以外、
さっきまでの迫力などどこへ行ってしまったのかというくらい、
いつも通りににこにこと、ありがとう、という。
憑き物が落ちたような様子に軽く呆気に取られた。
舞台が終わったら、今度はクラスの宣伝、という名の修とのデートだ。
もう諦めたのか、化粧を施されても、金色の長い髪を被せられても、
修は別に抵抗するわけでもなかった。
「じゃ、たらたら遊んでいないで、しっかり宣伝してきてね。
そう、それと、今日は全校生徒に徹底的に告知して、
明日は一通り宣伝し終わったら、
クラスに戻って教室の前でバイオリンを弾いて客引き。いいわね?」
修の髪を整えながらそういう彼女に、ちょ、話が違うだろ、と抗議をした。
「んー、委員長、完璧。さ、キリキリ宣伝してきて。
一組の名誉のために頑張りましょう。えいえいおー。そうだ、飴、足りるかな」
僕の抗議は一切無視して、わざとらしくさっさと教室に戻っていってしまう。
女って怖い。
それでもデートは思っていた以上に楽しかった。
修はどこに行っても可愛いを連発されたし、
バイオリンを褒められたり、先輩達のお店の商品をサービスしてもらったり。
歩きながら、気付いた。
蓬泉は数年前まで男子校だった事もあって、生徒の比率が男子の方が多い。
伝統なのか、文化祭というとそういうものなのか、
女装をしている男子がやたら目に付く。
その中でも、決して贔屓目でなく、修はダントツに可愛いのだ。
痩せているとか、女顔だとかという問題でなく。
高校生ともなると、骨格も筋肉も大人の男のものになる。
膝も脛も骨が太く、歩き方自体、がに股で肩をそびえさせて歩く。
制服や、普段の男らしい格好だと全く気付かなくても、
スカートを着ると、一気にその違和感が明らかになるのだ。
「スカートをはいた男」か、
「可愛さを計算してぶりぶりしているおかま」のどちらかがほとんど。
修はその違和感が薄い。
骨ばっていない手足、背筋を伸ばし静かに歩く姿勢。小さな顔に細い首。
話すと、声も話し方も、いつもの青年の修。
黙っていると、ちょっとボーイッシュな雰囲気の少女、といったところ。
周囲の驚きと興味を気にするでもなく、ごく普通に僕に話しかけながら歩く。
自尊心と虚栄心を充分に満足させてもらった。
二日目は一般公開日にあたる。
さすがに一日目とは違った緊張感が漂う。
クラスの様子や、昨日の反省点などを修正して、急いで講堂へ向かう。
昨日は本当に素晴らしい舞台だったけれど、いきなりの焦りはこりごりだ。
舞台袖で、やはり昨日同様、
もしかしたらそれ以上に緊張しているらしい修の背中に手を置いた。
「今日で終わっちゃうの、残念」
「昨日は、最高だった。
今までいくつも舞台に立ってきたけれど、昨日の事はきっと一生忘れない。
こんなに練習不足だったこともないけれど」
早瀬君の言葉に、三人で小さく笑う。
「会場全員の度肝抜いてやろう」
円陣を組んで、ひそひそ声で、おー、と声を掛ける。
出番が来て、昨日のように舞台に出た。熱気がまるで違う。すでに気持ちいい。
ふと会場に視線を移すと、細倉さんの姿が見えた。隣の女性と言葉を交わしている。
あれ、もしかして修のおばあちゃん、かな。
バイオリンを構えて調音する。さ、行こうか。今日はぜひ、お手柔らかに。