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P34

家ではほとんどの時間をバイオリンの練習に費やした。

実家にいる頃は、ちょっとしたコンクールにでれば、

賞が取れるくらいのレベルにはある、と、先生は言っていた。

けれど、そういう事のためにやっていたんじゃなかったし、

コンクールのために必死になるのも面倒で、参加は断っていた。

だから、期限を決めて仕上げる、という練習には慣れていなかったけれど、

なんとかいいものにしたいと必死になった。

修が僕のうちに寄って練習をしていく日もあった。

たどたどしい修のバイオリンも好きだったけれど、

ちょっとコツを教えると、音の安定と響きがぐんとよくなった。

素直さの賜物だろうか、本当に勘がいいな、と感心する。


文化祭の二日前、やっと三人で合わせる時間が取れた。

早瀬君はあんまりうまくない、と言っていたけれど、鳥肌が立つレベルだった。

プレッシャーをかけそうでいわなかったけれど、主旋律の修の踏ん張り次第で、

高校生の即席アンサンブルとしてはかなりいい線いけそうだ。


文化祭当日。

今日の僕の気分のように爽やかに晴れた空に大満足しながら学校へ向かった。

教室での最終チェックや準備を済ませれば、あっという間に講堂へ集まる時間。

修と早瀬君の衣装も用意しておいたので、それに着替えてもらう。

着慣れていないと、普通どこか不自然で、例えれば七五三みたいな、

「着られちゃってる感」みたいなのがでちゃうんだけれど、

二人ともこういうノーブルな衣装に全く負けていないのがさすがだ。

似合っている、といえば。昨日、修にアリス衣装の試着をさせた。

流れとしては、ほぼ完璧に予想通り。

頭のいい女は敵に回すと厄介だけれど、味方につければ心強い。

薄く化粧まで施した修は、予想以上の可憐さだった。

この舞台が終わったら、後は自由にその可憐な修を連れまわせる。

思わず顔がにやけてしまう。


舞台の上で楽器をセットしようとしたタイミングで、ふと、修の様子が気になった。

緊張しすぎ? おどけて、楽しんでいこう、と声をかけると、

どこか呆然とした風に、うん、と返す。

目の奥が不安そうに揺れている。

しまった、舞台袖で楽しい妄想に耽ってないでもうちょっと気を掛ければよかった。

とりあえず今日は見に来ているのも学生のみ。練習だと思って気楽に行こう。

そう、修に合図しようとしたけれど、こっちの視線に気付きもせず、

早瀬君と音を合わせている間もバイオリンを構えようとしない。

舞台の上で、あからさまに修の肩を揺さぶるのも気が引ける。

まずいな、と、思った時、すっと視線を上げた。表情が変わっている。

僕の弦のピッチに合わせて音を重ねる。自信にあふれたような、落ち着いた目。

なんだ、なんで急に? まあ、とりあえず大丈夫そうだ。

呼吸を整えて、演奏を始める。


ぞくり。

始めの小節から鳥肌が立った。早瀬君も驚いているのが気配でわかる。

初めて僕の部屋で聴いた、あの時のバイオリンとはまるっきり違う。

野の花の自然さ、自由さはある意味そのまま。

チープな例えになってしまうけれど、あの時が春先の、

目を凝らすとやっと見つけられるような、咲きはじめの清廉な小さな花とすると、

今日は野生の百合か蘭のような。

鬱蒼とした濃い緑の中、虫たちに受粉を手伝わせるために蜜を溜め、

香りで誘い、鮮やかな色彩でひきつける。

荒削りだけれど、胸に迫る圧倒的な存在感と官能。

早瀬君と二人、暴走して駆け出そうとする修を引き戻すように安定を心がける。

こっちの音が聞こえていないのか、と焦りを感じたけれど、

ペースを上げるときっちりついてくる。

というか、さらに先へ駆け出そうとする。

一曲目が終わって、秘かに深く息を吐く。

修の表情をちらりと窺うと、熱でもあるかのように頬が上気して目が潤んでいる。

これはきっと、止めない方がいい。

早瀬君に視線を送って、このまま行こう、という意味を込めて小さく頷く。

彼も呆れたように肩をすくめて楽しそうに笑い返してきた。

二曲目は、それほど暴走は激しくなかった。

この多彩さはなんなんだ。満開の桜の大木が、枝を風にそよがせる。

会場全体に薄紅の花弁が舞うように。初めて修と会ったあの日の光景が過ぎる。

切なさと感動が旋律に乗る。

早瀬君が落ち着いて引き戻してくれなかったら、僕まで引き込まれる所だ。

最後の一音が溶けるように消える。

大きく息を吐いて立ち上がると、会場から大きな拍手が送られた。

気持ちよすぎて足が震えるくらいだ。感動して泣きそう。

クラスの女子が三人、花束を抱えて舞台袖から歩いてきて、

僕たちにそれぞれ渡してくれた。

受け取って、観客へのサービス、と思って、僕に花を渡してくれた彼女の手に、

跪いてキスの素振りをすると、会場からさらに嬌声が上がる。

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