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新学期の空気に落ち着く間もなく、文化祭の準備が始まった。
また修の「委員長仕事抱え込み状態」が始まったけれど、すっかり慣れたものだ。
実際、こういう裏方仕事みたいなものは僕も好きだしね。
クラス掲示のテーマは女子が「不思議の国のアリス」に決めてくれたから、
それにそってアイデアを出し合うのは楽しかった。
ある時、その女子の一人が、
修にアリスの格好をさせたいんだけれど、とこっそり提案してきた。
「絶対似合うと思うんだけど、委員長は着てくれない、よね」
アリスの格好の修。ぜひみたいし、文化祭の中だけでも連れ歩きたい。
「修がその格好をする、魔法の呪文を知っているとしたら、どうする?」
彼女の表情が期待に変わる。
「どうする、って事は、何か交換条件でも?」
「たいした事じゃないよ。
文化祭当日、僕と修をすべての当番から外すように動いて欲しい。
そうだな、宣伝係って名目で、学校中を自由に歩いてもいい、
っていうのはどうだろう」
「ふむ、アリスを少しでも多くの人の目に触れさせたいというのは、
こちらとしても利益が一致するところ。依存はない。
で、魔法の呪文の効果はあるんでしょうね?」
一歩、彼女の隣に移動して声のトーンを落す。
「まず、文化祭のできれば当日、少なくとも後戻りできないくらい直前まで、
この事は修に気付かれないように。
これを着ろといえば、必ず拒否をするだろう。
その時唱える呪文は、一生懸命頑張ったのに、だ。
みんなのために、というオーラも忘れずに」
うわあ、という、感嘆とどんびきというニュアンスを同時に含んだ彼女の発言の後、
さらに続ける。
「修の、他人の努力を無碍にできないという優しさにつけ込むのは、僕も辛い。
けれど、委員長様は、自分を犠牲にしてもイベントの成功を祈っていらっしゃる。
その尊い志を補佐するのが副委員長としての務め。
これはクラスのため、委員長のためなんだ」
そうだろう? と黒い微笑を浮かべる。
「では、副委員長様にも、お似合いの衣装を用意するというのが自然かと」
「三の線とイロモノはご容赦を。アリスを守るナイトみたいなのはないの?」
「考えておきましょう。では、交渉成立?」
「よき文化祭のために」
「神崎屋、お主も三月うさぎよのう」
「お代官様ほどではございますまい」
三月うさぎは気狂いうさぎ。楽しい文化祭になりそうだ。