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穏やかな会話。学校の事や、この店の事。そんな小さな、お互いの日々の事。
離れていた間の細倉さんの事。出会う前の修の事。
会する三人の歴史が溶けて重なっていく。
その中で、細倉さんが中学時代、修のおじいちゃんの教え子だったと判明した。
先生はご健在ですか、と問う細倉さんに、一瞬口ごもって、
「祖父は他界しました、三年前に、事故で」
と、寂しそうに微笑んで返した。
おばあちゃんとずっと二人暮らしだと聞いている。
修のおじいちゃんと会った事さえない僕でも胸が痛むけれど、
細倉さんの落胆は大きかった。
「私は、中学の頃、荒れていましてね」
そう話し始めた細倉さんの思い出話に、僕も修も驚いた。
不良だった細倉さんを、熱血教師だった修のおじいちゃんが、
県外の、僕のじいちゃんのところに就職するように世話をしたんだという。
そして、細倉さんが荒れていた頃通っていたというのが、修の出身中学と一緒。
世間は狭いって言う。僕を介して知り合った二人の不思議な繋がり。
「細倉さんは先輩ですね。
祖父母もそこで教師をしていたといっていたので、そうかと思って」
「そうでしたか、おばあさまももしかして知っている先生かもしれませんね」
「祖母は、旧姓を宮内といって、音楽の先生だったそうです」
「え、佐倉って雪絵ちゃんと結婚したの!」
しんみりと感動しながら二人のやり取りを聞いていたので、
いきなりそういって立ち上がった細倉さんに、すごく驚いてしまった。
普段の細倉さんだったら、客の祖父母を呼び捨てにしたり、
音をたてていきなり席を立ったりなんて、絶対にしないだろう。
修もぽかんとしている。
そんな僕たちを見てさすがに我に返って、あ、いや、余りにも驚いてしまって、
大変失礼いたしました、とナプキンでしきりに額を拭っている。
修と目が合って、堪えきれずに噴出しそうになるのを必死に抑えた。
「よし、乾杯しよう、先生達の結婚と、ホソクラの失恋を祝して」
「失恋も祝しちゃうの」
「大人への一歩だろ。ついでついで」
「この年になっても大人への修行ですか」
苦笑する細倉さんがおかしくて、笑いながら三人で乾杯、と、
水の入ったグラスを合わせた。
細倉さんは、
「お二人のご結婚と、やがて生まれ来る、われわれの友人に」
と、修に向かっても改めてグラスをあげた。
誰かが出会って、新しい命が生まれる。
そんな当たり前の事が、奇跡みたいに思えた。
「宮内先生は、たおやかで明るい先生で。
男女問わず人気があって、私もずい分憧れたものです」
「そうだったんですか、僕にとっては、ちょっと意外です。
どちらかというと、祖父はあまり怒ったりしない人でした。
本気で怒ると怖かったけれど、そういうのは数えるほどしかなくて、
だいたい、おおらかで。
祖母は厳しかったですね、三文安といわれないようにと、
それこそ箸の上げ下ろしまで」
「さんもんやす、って何?」
僕の問いに、二人がちょっと顔を見合わせて困ったような表情を浮かべる。
あれ、知らないとおかしいような事だったか……?
軽く動揺していると、修が教えてくれた。
「お年寄りって、子供を甘やかしてなんでもやってあげちゃうから、
わがままで何もできない子になっちゃう。
それで、若い親に育てられた子より、価値が三文安いって事らしいよ」
修が、わがままで何もできない子? そんなわけないだろう。
妙にいらっとして、
「いろんな家庭の事情があるのに、ひどい事いうなあ」
と反論した。