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三人が席に揃って、僕が細倉さんと修を簡単に紹介して、
あとはお互いに自己紹介をした。
二人が話しているのを少し引いた位置で聞いているうちに、
少しずつ冷静さを取り戻す事ができた。
細倉さんに、さっきこの店を飛び出してからの修とのやり取りを簡単に話すと、
「そうでしたか、伊月さん、いいお友達をお持ちになりましたね」
とうれしそうに頷いた。いい友達。本当にそうだ。
今日、湊もいたら、きっと修と同じように僕を諌めただろう。
やつも大概おせっかいだけど、湊の場合、
基本的に相手と同じ立場にいようとすると言うか、自分の事は自分で、というか、
余程じゃない限り、相手を守ろうとか、同情しています、
みたいな態度を取ったりする事はない。
そのドライな立ち位置がすごく心強いし心地いい。
修はどうやら、ほんの少しでも相手のためになると思えば、
平気で自分を犠牲にするタイプらしい。
今まではそんなの鬱陶しくて、偽善的で、
結局いつかは、これだけやってあげたんだから、みたいな、
厭らしい空気に腐敗していく気がして気持ち悪かったし、そんなやつ大嫌いだった。
けれど、不思議と修はそれを感じさせない。
引き裂かれて血まみれになっても、大丈夫だよと穏やかに笑って見せるような、
与えっぱなしで当然という、どこか清浄な潔さがあった。
細倉さんの褒め言葉にはにかんで笑う修をみて、誇らしさが抑えられなくなった。
「修はさ、蓬泉の一年の中で一番成績がいいんだよ。
それでちなみに、二番は誰だと思う?」
「はて、蓬泉高校のような優秀な学校で二番を取るような方に、
心当たりがないのですが」
ええー、そこは、さすが伊月さんですね、とか、中学の時も成績がよかったとか、
イケメンでスポーツも万能でお年寄りに優しいとか、
募金を欠かしたことがないとかいろいろあるだろう。後半はほぼウソだけど。
まあ、修が楽しそうにしているからいいか。
そうだ、オーダー。
この店は地元産のブランド牛のステーキが有名で、
地方紙でも何度か特集のTOPを飾っているほど。
僕もまだ食べた事はないから楽しみだ。
と。
鉄板がはじける音をたてて運ばれてきた。乗っているのは、ハンバーグ。
いやいや、ちょっと待ってよ。
アペリティフもオードブルもスープもなく、いきなりメイン?
てか、ハンバーグって。唖然。
「お好きだったでしょう、デミグラスソースのハンバーグ。
さ、冷めないうちにどうぞ。鉄板が熱いのでお気をつけて」
いや、子供の頃からハンバーグよりステーキ派だったんだけど。
それってどこの情報? と心の中で反論するうち、思い出した。
細倉さんに何度かハンバーグを作ってもらった事がある。
そうだ、確かその時も誕生日で。
細倉さんは、元々料理人になる予定だったけれど、
どうも料理のセンスが今ひとつだったので、
厨房を追い出されるように給仕の修行を始めたと聞いていた。
その彼が唯一作れたのが、ハンバーグ(使用するソースは厨房の料理人が作り置きしておいた物を使用)だった。
正直、焼き過ぎだったりしてあんまりおいしくはなかったけれど、
誕生日をお祝いしてくれるという気持ちがすごくうれしくて、
おいしいといって食べた。
純粋で可愛かった小さかった頃の僕。
の、記憶と重なるように、すごくおいしい、
こんなおいしいハンバーグ、初めて食べたよ、と照れるでもなく、
心底うれしそうにハンバーグを食べている修。
つられて僕もハンバーグを口に運ぶ。
細倉さんではなく、ちゃんとした料理人が作ったものだし、
材料もこの店自慢のブランド牛を使っているのだろう、さすがにおいしい。
それより、食事をするという行為が、料理自体も大事だけれど、
一緒に食べる人のこんなにうれしそうな顔が、豊かな時間を作ってくれる。
改めて感じたその事実が胸を満たす。