表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/74

P22

そういえば。

思い起こしてみれば、誰かが僕の代わりに頭を下げてくれた事なんて、

なかったはずだ。

なにか失敗したり、ケンカしたりすれば、その都度誤魔化したり虚勢を張ったり、

そうして過ごしてきた気がする。

いつも、一人で。

それが学校や、周りに大人がいる状況ならば、仲裁してくれる事はあった。

でもそれは、僕のためというより、その場のトラブルをなんとか収拾して、

自分自身が害を被らないよう、うやむやにするためだったはず。


今日の修の視線で言えば、気が乗らなかった食事に無理矢理誘われ、

散々服を着替えさせられた挙句、勝手なわがままでキレて、

無実の店員にケンカを吹っかけてトラブルを起こした僕のせいで、

こんな時間まで空腹を抱えている、といったところのはず。

それなのに、そんな僕のために知らないオヤジに頭を下げている。

そう、さっきから、修は気付けばずっと、僕の前に立っている。

それは、きっと。


「誹を認めて頭を下げる方が、ずっと難しいよ」


頭の中で、さっきの修の言葉が蘇る。

悪い事をしたらきちんと謝罪する、というのが、彼のプライドの在り場所なのだろう。

謝って来いよと突き放すのでもなく、自分が悪いわけでもなく、

むしろ、修自身が被害者といってもいいのに、それでも、僕を守るために。

ふと気付くと、修と細倉さんがこっちをみている。


「ごめんなさい」


咄嗟に、その言葉が出た。細倉さんに、というより、実は修に向けて。


「ごめんなさい」


じいちゃんは好きだったけれど、

基本的に放任で、気が向いた時だけ遊んでくれるような存在だった。

それ以外の誰も、僕の事を守ろうとしたり、気にかけてくれる事すら、なかった。

涙が、止まらなくなった。

服の袖で目を、頬を拭っていると、

修が小さなタオルを差し出してくれたので、ありがたく受け取って涙を拭いた。

はあ、やばい、修って優しい。


「おわびだけ、させていただこうと思って来ました。

 お騒がせしてしまって、本当にごめんなさい」


失礼します、と、再び頭を下げて、僕に退室を促がす。

冷たい緊張が解けて、心の中をじんわりと暖かいものが満たし始める。

うん、帰ろう。今度こそ、どこかおいしくて楽しいところに行こう。


「夕食は? まだ食べていないのでしょう?」


部屋を出ようとすると、細倉さんが声を掛けた。うるさいな、関係ないだろ。

もう放っておいてよ、修ともっと楽しいところに行くんだ、

こんなところにいるくらいなら、どこかの安いチェーン店の方がずっとましだ。

そう軽くむっとしていたけれど、細倉さんが、ぜひ食べてお行きなさい、

と、客席に案内しようとする。

修も、せっかくのご好意を無碍にしちゃ悪い、とか言い出す。

確かに、食事の質だけでいえば、ここ以上の店はもう開いていないだろう。

しょうがない、かな。

それでもちょっと戸惑っていると、すっと、修が僕と手を繋いで、ね?

という風に首をかしげてにっこりと笑った。

え、いや、ちょっと、なにしてんの。

多分、たいした意味はない。

今の立場で言えば、自分より下の存在の者、

小さな子供をあやすようにした行為なんだろう。

頭ではわかっているのに、跳ね上がる心臓がいう事を聞かない。

タクシーの中で、手が触れた時と一緒だ。

修に手を引かれながら、さっきのチンピラ、

じゃなかった、メートルが引いてくれた椅子に座る。

修は僕の正面、向かい側の席に。まともに修の顔すら見られない。

これから二人きりで、何事もなかったような顔で食事なんて、絶対無理だ。

細倉さんが、どうぞごゆっくり、と、その場を離れようとする。ちょっと待って。


「細倉さん」


置いていかないで。縋るように呼び止める。


「細倉さんは、その、ごはん、もう食べたの」


いいえ、という答えに、よかったら、一緒に食べない? と、続ける。

修と僕の食事のテーブルに、細倉さんを誘うなんて、どう考えたって不自然。

でも、こっちも必死だ、不審者でもしょうがない。

そうか、これが、藁にもすがる思い、というやつか。

細倉さんの、それではよろこんでご相伴いたしましょう、という言葉に、

心底ほっとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ