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「態度がよくないのは向こうだろ」
「だからって、あんな言い方することないだろ。他にお客さんだっていたんだよ。
せっかくご飯食べに来ていたのに、
関係ないあの人たちにもいやな思いさせたよ、きっと」
僕にとって、例えば理不尽なクレーマーだって、
うまく対処して他の客に不愉快な思いをさせないのは店側の仕事だ。
さっきは向こうからケンカ売ってきたんじゃないか。
けれど、それを修に説明するのは難しい。
一瞬口ごもると、同情するような声で言葉を続ける。
「自分でも言いすぎだってわかっているんでしょ。謝りに行こう」
「謝る? そんな事できるわけ、ないだろ」
なんでこっちが。
そうか、あれか、とりあえず謝ってうやむやにしておこうっていう、
日本人的な考え方か。
確かに、もっと大人の対応はできたかもしれない。
けれど、一方的にあっちが悪くて、こっちは自分で悪いとも思っていないのに、
謝るなんておかしいだろ。
「はっ、修にはプライドってものがないんだ。僕は、そんな簡単に謝らない」
「ずい分と安いプライドだね」
え、安いプライドはそっちだろ。
とりあえず頭を下げておこうっていうのが、立派だとでもいうのか?
いや、ちょっと落ち着こう、話が噛み合ってない気がする。これはもしかして。
修は、先に向こうが見下してきたのに気付いていない、のか?
ああ、多分そうだ。
修は、見知らぬ人間が、初対面でいきなり自分に対して悪意を持つなんて、
想像もしていないんだろう。
修にとって今、僕こそが何もしていない店員に勝手にキレた、
理不尽なクレーマーなんだ。
ちゃんと説明を……いや、だめだ、
あいつは修を見下して、それで僕が頭にきて我慢できなくなった、なんて言えない。
わざわざ、修に他人に悪意を持たれていると気づかせるなんて事は。
くそ、修のばか、鈍感、なんであんなあからさまな視線に気付かないんだよ。
「駄々をこねて逆ギレなんて、子供だってできるよ。
そんなのが伊月のプライドなわけ?
誹を認めて頭を下げる方が、ずっと難しいよ。
言っておくけど、僕は間違えた事をいっているとは思ってない。
伊月がごねたって、絶対引かないからね」
ああもう、なんでこんな事、言われないといけないんだ。
僕はなんで、修にこんな事を言わせているんだ。
今日は、誕生日だっていうのに。
そう、誕生日をお祝いするのなんて、ださいって思っているよ。
こだわりがないのも、本心。けれど、いくらなんでもこんな夜は最悪過ぎだろう。
修を守りたかっただけなのに。
おいしいご飯でも食べて、笑っていたかっただけなのに。
何も通じない。誰にも通じない。
何の説明もなく家を追い出されて初の誕生日、当然かもしれないけれど、
家族は何も言って来ないし、向こうの友人からも一通のメールもない。
最高に孤独だ。今夜の、あの月みたいに。今まで、こんなに凹んだ事はない。
情けない気持ちで、涙がこぼれた。もう、僕の負けでいい。
ここまで心が折れたら、抵抗する気力も湧かない。
この最悪な夜を終わりにできるのならなんでもしよう。
だから、修、そんな泣きそうな顔しないで。
「ごめん」
「謝るなら、僕じゃなく……」
やっぱり、そう言うよね。いいよ、わかったよ。
「うん、お店にいって、謝ってくる」
さっき勢いよく歩いてきた道を、店に向かって戻り始めた。