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タクシーの中では、自分でもおかしいと思うくらいテンションがあがった。
修も楽しそうに、にこにこと機嫌よさげにしている。
タクシーの後部座席には、僕が先に乗って、奥側、
開く方のドアに近く、修が座っている。
どうせそちらから降りないといけないんだし、目的地までたいした距離じゃないから、
僕は余り奥に詰めずに、座席の中央、修とは肩が触れない程度の距離で座っていた。
もうすぐ店に着くという時、ふと会話が途切れた。
その時は、本当に全くの無意識だった。
自分でもよくわからないけれど、多分、ちょっと体を動かそうとしたんだと思う。
座席に置こうとした手の下に、修の手があって、上から重ねる形になった。
なぜだか、すごく驚いて、熱い物にでも触れたように反射で手を引き、
ごめん、と言った。
修は全く気にする風でもなく、間違えて手が触れちゃったね、
気にしないで、というように、にこにこしながら首を振る。
そう、たいした事じゃないはず。なのに、なんでこんなに動揺しているんだ。
おっとりと、おなか空いちゃったねえ、なんて言っている修の方を見られない。
気遣わしげに何度か話しかけられたけれど、話すと声が震えてしまいそうで、
この、大きく跳ねる心臓の音が漏れてしまいそうで、何も言えなくなってしまった。
タクシーを降りて店構えを見る。
プロヴァンス風、なのかな、古城をイメージした格式を重んじる料理店というより、
明るくカジュアルなイメージで、家庭料理に近い店のようだ。
そうはいっても、決して安っぽい感じではなく、
落ち着ける雰囲気とどことなく品のよさが漂う。悪くないな。
修も、きれいなお店だね、こんなところでご飯が食べられるなんて、と、
すごくうれしそうにしている。
ここまで喜んでもらえると、こっちまでうれしくなる。
どうにも顔がにやけるのを抑えられない。
修に見られないようにドアの前に立って背を向けた。
でも、この顔のまま店に入ったら絶対変だ。
何とか呼吸を整えて、無理矢理真面目な表情を作ってドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
入り口近くの受付に立っていた、二十代後半くらいの男が近付いてきた。
む、こいつ。接客の訓練を受けている、けれど。
うまく隠しているけれど、元ヤンキーかチンピラか。
ふとした仕草に、視線に、言葉に、
端からケンカ腰で人を見下してかかる態度に、品のなさが滲む。
ああ、そして。よりによって、お前、今、修を見下しただろう。
チャラいお坊ちゃまだとでも思ったか、
ガキの来るところじゃねえんだよって目、しやがった。
「ご予約はいただいておりますか?」
「ないよ」
おい、三下。そいつは僕の連れだぞ。誰に向かってそんな口、利いているんだよ。
正直、こいつは僕がこの店のパトロンの孫だなんて知らなはずだし、
別にじいちゃんの孫だからって優遇しろとも、へこへこしろとも言う気はない。
けれど、サービス業なら客に対する態度に責任を持て。
この程度の態度が悪い店員なんていくらでもいる。
普段は心の中で小さくため息をつくくらいで諦められるレベルなのに、
なんでこんなに頭にくるんだろう。
とにかく、コイツは絶対許せない。
「大変失礼ですが、ご予約をいただいておりませんお客様は」
「席あけて」
「しかし」
「いいから。席、空いてるだろ」
奥のテーブルに親くらいの年の女性二人がいるのがみえたけれど、
空席がほとんどだ。
なに入店拒否しようとしているんだよ。
視界の隅で修が心配そうな、悲しそうな目で僕を見ている。
さっきまであんなにうれしそうに、ここで食事するのを楽しみにしていたのに。
「伊月さん」
掛けられた声に顔を向ける。細倉さん。やっと話が通じそうな人が来た。