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自然乾燥した髪を整えるというと、あっさりいう事を聞く。
クラスマッチの時、髪に触れようとして強張った態度を取られた事がよぎったけれど、
そうか、髪に触ったりするのはいいんだ。気付くと、メガネもかけていない。
「修、メガネなくても平気なの?」
「うん、あった方が楽だけど、ないと困るって程でもないよ」
「えー、じゃ、かけない方がいいのに」
さりげなくだけれど、もう何回も言っているのに、
へえ、そうかな、って、なにその初めて聞きました、みたい言い方は。
普段からちゃんと人の話を聞け。
でも、ちょっと困ったように笑っているって事は、
やっぱり、多少の戸惑いみたいなものはあるんだろうか。
修の髪に指を通して、後ろに流したり、少し立たせたり、
顔にかからないようにセットする。
これもOKか。何がよくて、何がダメなのか、ボーダーラインが読めない。
ざっとだけれど、まあ、こんなもんかな。
「できた。どう?」
鏡を見てみるように促がすと、覗き込んで驚いたような表情を浮かべる。
どうよ、こっちの方がいいだろ?
修の素直にうれしそうなリアクションに、
強く拒否されはしないかと探りながらだった僕もほっと安心する。
「修は、自分の顔、好きじゃないって言っていたけど、
僕にとって修の顔ってツボなんだよね。
こういう風にいわれるの、その、好きじゃないんだよね? でも。
こんな格好したらいいだろうなっていうのがあって、
なかなかこんなチャンスなくて。やっぱり、すごく似合う。
すごく、いいなあ」
そう告げると、ありがとう、と穏やかに微笑んで、すっと表情を曇らせる。
今のは、だめなのか。格好いいって言われる事、か?
でも、普通、誰が聞いても悪口ではない。まじで、どこに地雷があるんだ。
冷たく沈む表情に声を掛ける。
「修……? ごめん、やっぱり、いやだった?」
はっと顔をあげて、笑って頭を横に振る。うそだろ、何を隠そうとしている?
「でも、顔色悪いよ?」
「伊月が悪いんじゃないんだよ。でも、自分でもどうしようもないんだ。
よくしてくれようとしているのはわかってるよ。こっちこそ、ごめん」
湊が言っていた、「半端ないトラウマレベル」という言葉が蘇る。
今は、これ以上探りを入れるのは無理か。
「そういえば、レストラン? まだ大丈夫なの?」
「え、あ、もうこんな時間!」
やっべ、ラストオーダー何時だろう。しかも、タクシーを呼んでいない。
今から呼ぶより、駅まで走った方が速そうだ。
遅くなったのは僕のせいだけれど、修を急かして慌てて家を出た。
並んで歩くと、すれ違う人の振り返り率が高いのがわかる。
やっぱり、修は目を引く。
本人は歩きながらケータイで、祖母に、帰りが遅くなりそうだから泊めてもらう、
と、報告をしていて、全く気付いていないみたいだけれど。
惜しむらくは、靴。学校指定のローファーが、全体のバランスを崩す。
足のサイズ、23.5cmってなんだよ、女子か。
みあげると、月が明るい。
通話を切って不安そうに、
「今から行くお店って、どんなところなの?」と聞いてくるのが可愛い。
こっちは客なんだし、今夜の修だったら、
大抵のところにいっても恥ずかしくないのに。
普通の洋食屋だよ、心配ないよ、というと、おずおずと頷く。