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P12

「好きでこんな顔に生まれたんじゃない。

 ここ最近、クラスの雰囲気がいいなって、なんか明るくて、

 仲間になったみたいに思ってた。けど、そうじゃなかった。

 うるさく指示するばっかりで、邪魔って思われて。

 僕がいかなくたって、誰も気にしないし、必要でもないだろ」


怒りのスイッチは、その人の触れられたくない部分にあるという。

これ以上その部分に近づくなという警告だ。

穏やかに、迎合するように笑うばかりの彼が、

手負いの獣のように怯えて威嚇している。

強風に煽られた天幕の向こうに、思いもしなかった強固な扉が見えたように、

多分それは、僕が、いや、もしかしたら誰も見た事のない、

彼が内側に隠してきた本当の部分なのかもしれない。

実際、修自身、そんな自分を持て余して戸惑っているようだ。


「何、言ってんの。そんなわけないよ」


「さっき、クラスのみんな、笑ってただろ」


窘めるように、わずかに距離をつめると、

抑えきれない感情が言葉になって漏れてくる。

表情をみて確信する。これは、甘えだ。

反抗期の幼い子供が、親の愛情を試すように、

大人は子供を愛して当然といわんばかりにわざと拗ねてみせる、不条理な甘え。

それまで全く掴みどころのなかった修の、人間らしい感情の一片。

後から思えば、我ながらクズだと思う。

けれどこの時、どうしようもなく気持ちよかった。

何を隠している? 

全てを無理矢理にでも引きずり出してさらけ出させたい欲求を、

かろうじて抑えることにした。

きっと、まだ早い。もう少し、懐柔して様子を見よう。


「それはさ、修が格好いいからだよ。びっくりしたんだよ。

 普段は、地味っていうか、あんまり目立たない感じで。

 ええと、ごめん。だけど、すごく格好いいと思ったんだ。

 あっと、こういうのだめなんだっけ……?

 でも、えっと、何ていえばいいんだろ」


本心を探りながら少しずつ言葉を選ぶ。

きょとんとしながら、大丈夫という修に、少し拍子抜けする。


「さっき、最近クラスの雰囲気がすごくよくなっていたって言ったろ?

 あれ、修のおかげだと思う。

 みんな、バレーうまくいかなくて、どうにかしたいって思ってて。

 だけど、練習しようなんて、なかなか言い出せないよ。少なくとも、僕はそう。

 そういうの、勇気いると思う。

 続くかわからないし、辞めたくなるかもだし、

 真面目ぶってるとか、思われたらやだなっていうのもちょっとあった。

 でもさ、練習するようになって、みんな誘ってもないのに、

 自分からやるって言ってくれたんだよ。

 うちのクラスだけじゃないよ。2年だって3年だって練習するようになって。

 みんな、すっごく楽しそうにやってただろ。

 みーもさ、修の事、根性あるって言ってた。

 修は、すごいんだよ。

 そんなつもりはなかっただろうけど、誰かの思い切った一歩が道になって、

 続いていくって事あると思う。

 その最初の一歩を作って、迷わないでどんどん先に行って、

 みんな、追いかけていったんだよ。

 いろんなやつがいるけどさ、邪魔なんて思ってるわけないだろ」


甘えさせれば図に乗るやつもいるだろう。けれど、修はそのタイプじゃない。

誰かに甘える快楽にすら慣れていない。

それまでの自分の態度を、言葉を許そうとして、それができずに戸惑って揺れる目に、

ぞくりと背中に走る感覚を隠しながら修の腕を引く。


「修がいかなくちゃ、一組まとまんないよ、行こう!」


これも、後から気づいた事だけれど、その時僕の中にあったのは、

修をもっと甘やかして、依存させたい、誰も知らない顔を、

僕にだけには隠せないようにしたいという、卑怯な支配欲だった。

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