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「いっち、修の様子がおかしかったけど、何があった?」
「何って。今日はメガネしてないし、雰囲気が違うって、
せっかくきれいな顔しているんだから、いつもそうしていればいいのに、
みたいに」
話すうちに、湊の目が険しくなってくる。
「どうしたの?」
「いっち、ちょっと」
ずんずん階段を昇って行く湊の後を追う。
クラスのやつらから少し離れたところで、振り返って僕に向かい、早口で告げる。
「修、探すぞ」
「え、何? 確かに様子、おかしかったけど」
湊は僕の問いに一瞬口ごもって、続ける。
「よくわかんないんだけど、修、顔の事言われるの、だめらしい。
多分、半端ないトラウマレベル。探した方がいいと思う」
さっと背中が冷たくなって、さっきの修の怯えたような目と、
青ざめて凍りついた表情が過ぎる。
観覧席を横切り、一階の廊下へ続く階段を駆け降りる湊の後を追う。
「俺はこっちと、玄関から外の方見てくるわ」
「じゃ、僕はこっちの廊下、行ってみる」
湊と別れて、たくさんの生徒でごった返す廊下を見回しながら走る。
トイレ。いない。
別なドアをのぞくと、数人の生徒と先生がバレーボールのネットや、
点数ボードの準備をしている。いない。
廊下に戻ってさらに先へ進む。
突き当りのドアを開けて外に出たところに、
うずくまる真紅のTシャツの人影が見えた。
「修!」
傍らにしゃがんで様子を見ると、右手で胸の辺りを苦しげに掴み、
左手で自分の口を押さえている。
その手の甲を、怯えた目から溢れた涙が伝っている。
「どうしたの、待って、すぐ誰か呼んで……」
立ち上がって廊下に戻ろうとすると、左手首を強く掴まれた。
驚いて振り向くと、口を押さえていた手を地面について、
膝立ちで進んで廊下へ続くドアを閉める。
「なんで、だって、病院に」
どう考えてもこんな状態、普通じゃない。
なのに、激しく頭を振って僕の手首を掴む手に力を込める。
苦しげにきつく目を閉じて、再び左手で口を押さえる。
声が漏れるのを抑えているのか。それに気付いて愕然とする。
そこまでして、なぜ隠そうとする?
「修……」
どうしよう、このまま修をここにおいて誰かを呼びに行った方がいいだろうか。
でも、目を離して、またいなくなりでもしたら。
判断できずに、いたずらに時間が過ぎてしまう。
「……さ、まる、から。お、さまる、から」
少しだけ力が抜けた様子で、喘ぐようにそういう。
治まる?発作に慣れているんだろうか。
言葉を聞けた事で少しだけ落ち着いて、修につかまれていた手首を外し、
そっと背中を撫でた。
「痛いの? 大丈夫?」
浅く早い呼吸で、ぐったりとしながら、
肩に寄りかかるようにゆっくり体重を預けてくる。
細い。制服というものは、だいたい体型を隠すような造りになっている。
それでも、普段の制服姿の修は細く、小さなイメージがあった。
今、僕の腕の中に納まる彼は、そのイメージ以上に華奢だ。
なんで、こんなに。儚げな頼りなさに動揺する。