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いつも陽一とは差をつけられていた。
別に、下に扱われていたってどうって事ないし、ほぼ同じくらいのレベルっていうの?
それかやつの方が上っていうのがあるのならいいけど、明らかに僕の方が上なのに、
無理矢理こっちを貶めようとするのが、むかつく。
たった一年と少し先に生まれた兄であるヤツは光を放つ恒星で、
その下の下、小さな、くすんだみすぼらしい衛星が僕ってわけだ。
カスでも恒星。あの、頭の弱いばばあは、その引力に囚われている。
自分の母親をばばあ呼ばわりも情けないけど、本当だからしょうがない。
腐っても鯛、とかいうけど、腐ったら食べられないだろ? つまり、価値なし。
チビの頃は今よりもっとムカついていた気がするけど、
人としての価値っていうのかな、
それがやつらより僕の方がずっと上だってわかってからは、
異星人みたいに思っている。
平安時代の美人が、現代も美人かって言ったら、きっとそうじゃない。
価値観の違いってやつ。
あいつらとは、根本的に価値観が違うから、
例え「お前はぶすでおじゃるな」とかいわれても、
「ぶすはそっちだろ」って少しムカつくけど、気にならないって事。
いきなりだけれど、とりあえず、初体験、とか語ってみる。
初めてしたのは、中2か、中1か。中1って事はないか、じゃ中2の時。
相手は親父の会社のヒト。
たまにうちに出入りしていて、第一印象で「けばいおばさんだな」と思った人。
本当は、おばさんは言いすぎ。その時、多分20代半ばくらいだったと思う。
中坊にしてみたら、十コ上はおばさんかもしれないけど、
その時、なんかえろい感じがして気持ち悪いなって思ったから、
つい悪口っぽく、「けばいおばさん」って印象になったってところかな。
実際、しばらくしてからイタズラされた。犯罪だよね。
恥ずかしかったし、少し嫌な感じがしたけれど、好奇心と性欲の方が勝った。
それは、うん、仕方ない。中坊だし。
けばいおばさんと思ったけれど、わりと美人だったし。好みじゃないけど。
そういうのも、回数を重ねると、慣れて当たり前になった。
あんまり他人に知られちゃいけない事だとは思っていたけれど、
どこか自慢したい気持ちもあったから、必死に隠そうともしていなくて、
少しして親父にばれた。
彼女はどこかにいなくなって、あ、別に闇に消されたんじゃない、と思う、
会社をクビになったか、遠い店に飛ばされたって程度ね。
で、二度と会っちゃいけないとすっげー怒られた。
さすがに反省して、それからは一人に深入りせず、
こっそり、親父にばれないように気をつけるようにした。
不思議と不自由はしなかった。
この人はいける、と思った人は、まず外さなかった。
「ママに相手にされない孤独なぼく」みたいなオーラをだすと、大抵いけた。
家がカネモチだからだろうか。
それもあったかもしれないけど、僕からお金を払ったわけでも、
脅したわけでもないのに、不思議。
僕の伊月って名前は、じいちゃんがつけてくれた。
長男は夫婦で考えた(といっても、ばばあが独りで決めて親父を押し切ったんだろう)ので、
次男はお父様がつけてあげてください、とか言われたんだそうだ。
殊勝ないい訳だけど、どうせ、わんわんとにゃーにゃーの区別もつかない乳児に、
きゃっとだのあぽーだのって言わせるのに必死で、
僕の名前まで考えるのが面倒だったってとこだろう。
このじいちゃんがとんでもないじじいで、名前の由来を聞いたら、
「その頃気に入っていた飲み屋のおねーちゃんが、
乙姫って書いていつきっていう娘だったから」
とかいいやがった。自分の、しかも男の孫にそんな名前つけるなよ。
いや、実際そうだったとしても、それを本人に言うか? というと、
「ふむ、じゃ、やっぱりもう一つの候補の方にすればよかったな」
という。もう一つの候補って? と聞くと、陽二だと。冗談じゃない。
でも僕は、このじいちゃんが大好きだったし、伊月っていう名前も気に入っていた。
ふと空を見上げると、当たり前みたいにそこにある。
夜は切取ったように明るく、昼は空に溶けるように、薄く透けて。
満月も、細い生まれたての、もしくは消えかけの月も好きだった。
遠慮なしで押し付けがましくてうっとうしい太陽よりずっといい。