第5話 ボスと世話役の男
「おーい,タカシー。ターカーシー・・・。」
遠くの方で誰かが呼んでいる。でも誰の声だかわからない。
「何してるー,ターカーシー・・・。」
「誰だよー,僕はここにいるよー。」
僕が返事してるのにも関わらず,僕を呼ぶ声はやまない。
「ターカーシー,何してるんだよー・・・」
「だーかーらー,僕はここにいるって・・・」
僕はハッとして目を開けた。
ピンポーン,ビンポーンと,何度も部屋のチャイムを押す音が耳に入って来た。
「なんだ・・・夢か・・・。」
僕はぼんやりした頭のままでベッドから起き上がりドアを開けた。
「やっと出たなー,寝てたのか?」
そう言いながらぶしつけに部屋に入って来たのはケンちゃんだった。
手にはウイスキーのボトルをぶら下げている。
そのボトルをテーブルに置くとソファーに座った。
「どうだった?彼女?」
「どうだったって?・・・」
「どんな感じだったかって事だよ。言葉が通じる通じないとか,気が強いとか優しそうとか・・・
イイ体してるとか,あっちの具合が良さそうだとか,色々感想があるだろ?」
「う~ん・・・感想ね~・・・。」
僕はエアコンの温度を上げながらケンちゃんの質問の答えを探した。
「そうだなー,言葉は片言,性格は優しそうかな。背はあまり高くないけど胸が大きそうだよ。」
「それゃ羨ましい!俺っちの彼女は貧乳だよ,貧乳!」
「あれ?ケンちゃんはいつもは胸は小さい方が好きだって言ってなかったっけ?」
「物には限度があるって,見た目はそんなにないけど,自分でペッタンコだって言ってたからなー。
会っていきなり胸の事話すくらいだからよほどコンプレックス持ってるに違いない!
胸が小さくてチェンジされた事とかあるんじゃないかな?」
「まあねー・・・ケンちゃんが気にいらなければチェンジすればいいよ。」
「いやね,それよりもっと良く無い事におしゃべりなんだよ。歳はいくつか?だの,結婚はしてるのか?
だの,あなたは背が小さいね,だの・・・ちょっと黙っとけ!って言ってやった。そしたら
あなた優しくない!だって。まったく・・・」
ケンちゃんは持ってきたボトルをあおった。
「でもどうかな?僕の彼女は大人しそうだし,あんまりしゃべらないから,少しくらいおしゃべり
な方が気分もリラックスできていいかも知れないよ。沈黙が続くとなんだか気まずい雰囲気に
なっちゃっうからね。」
「まあそういう見方もあるけどね。そういえば自分の彼女と俺の彼女は友達同士だって言ってたな。
遊びに行く時とか一緒の方が何かと都合がいいかもしれないよ。」
「そうだね,ケンちゃんの彼女が通訳代わりになるかもね。」
「話しは変わるけど,あの世話役のおっさんねー,ロイさんて言うんだってよ。」
「ロイさん?・・・こっちの人間なの?」
「ああ,たぶんね。今度の旅行だけど,常連さんのタカシのボスがロイさんに頼んで,特別に
企画したらしいよ。だっていつもはこんな小人数で来る事ないもんね。
だから女の子もイイところをみつくろってくれて・・・・いやいや,女の子はそうでもないな!」
ケンちゃんは首を左右に振った。
「でも,野下さんの選んだ彼女ってすごい美人じゃなかった?色気もあったし。」
「うん,それは言えてる!確かに美人だったよな!あんな年寄りにはもったいないよ。俺なんか
あんな美人が相手ならすぐにいっちゃうかもな。」
「ほんとほんと!僕なんか裸を見ただけで終わっちゃうかも。」
「でも野下さん,年だけど飲みに行くと最後までしゃんとしてるからね。あっちの方だって
ひょっとしてすごく元気なのかもしれないよ~。現役バリバリだったりして。」
「へへへ・・・案外そうかもしれないね。」
「それはそうと,タカシのボスは女の子を選ばなかったな。最後に選んだのは俺だろ。その時
女の子はまだ2~3人残ってたんだよね。けど,ボスとロイさんと添乗員の福村さん3人は女の子達
と一緒に部屋を出て行ったみたいだよ。」
「その残りの女の子達と一緒に自分達の部屋に入ったとか?」
「いや!それはない!だって俺は自分の部屋に入った後,ドアを少し開けて連中がどうするのか
見てたんだから。」
「で,どうしたの?」
「残った女の子たちにロイさんが何やら渡してたなー。そしてロイさんは彼女達にバイバイして
女の子たちはエレベーターで下りて行った・・・」
「で,その先は?」
「3人はしばらく廊下で立ち話をして,まず福村さんがエレベーターでいなくなって・・・
その後,タカシのボスとロイさんがエレベーターでどっかへ消えてった。」
「ふ~ん・・・・どこ行ったのかな?」
「ひょっとして俺達には女の子をあてがって,自分は特別コース!なんてのじゃないかぁ?」
「ああ,そうだねー,それもありかもしれないねー・・・でも特別コースって何?」
「俺が知ってるわけないじゃん!」
「それゃそうだ!」
僕達の想像は当たらずとも遠からず,と言ったところだった。
「ああ,それからね・・・女の子の料金は前払いだからフロントで換金して,今夜のうちに
直接女の子に払うように,だってさ。忘れるとこだった,これを言いに来たのにね。」
「え!前金なの?・・・でいくら払えばいいのかな?」
「えーとねー,日本円で3万円。それ以上はビタ1文払う必要はないってさ。もちろんチップも
払う必要は無いって。と言うより払ったらいけない!って言う事だよ。」
「一晩が3万?」
「いや,正確に言うと2泊3日で3万。一日目でチェンジしても追加料金は無し。チェンジした時は
最初の彼女から後の彼女へ払うシステムになってるらしいから,気がねしないでチェンジする
ようにって。ただ,明日の朝まではチェンジできないらしいよ。最低でも一晩は最初の彼女と
過ごさなきゃいけないって事だね。」
「最低一晩か・・・」
僕はイェリンの事を思い浮かべた。
今の時点でイェリンを換える気なんてサラサラなかった。でも,料金が変わらないのであれば
換えないと損な気もした。
「以上!わかった?」
「う,うん。」
僕はイェリンの事を思い浮かべながら生返事を返した。
「俺は他の社長達にも伝えないといけないから行くけど,換金しときなよ。彼女たちが戻ってきたら
晩飯に行こうぜ!後で連絡するから。」
「うん,わかった,了解了解!ラジャー!」
僕はバッグのポケットから財布を取り出し中身を確認した。
「一晩3万円か・・・」
財布の中には1万円札が4枚と千円札が8枚,あとは小銭が入っていた。
それは僕の全財産から今回の旅行代を引いた残りだった。
「・・・・この中から3万引くと・・・結構きついな・・・」
残りは1万8千円だけど,日本を出る時に大工の益岡さんに餞別として1万円
もらっている。半分は土産代と考えないといけないので実質の残りは1万3千円だった。
「他の人への土産も買わなきゃいけないし,果たしてこれだけで足りるかなぁ・・・」
僕はちょっぴり不安な気持ちになりながらも,財布から3万円を取り出しポケットへ入れた。
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ロビーには20数名の日本の団体客がいた。
僕はその団体客を見ながらフロントへ向かった。
「あれ?あの人さっき飛行機の中で一緒だった人じゃないかな?・・・あ,あの人もそうだ。」
僕達の乗ってきた飛行機はチャーター便だったのだが,他にもう一団体が乗っていた。
どうやらその団体も僕達と同じホテルに宿泊する予定になっていたらしい。
「ああ,あの人達は観光を済ませて今着いたんだろうな。」
僕達の団体は僕やケンちゃんなど,若干若者も混ざっているが,彼らはどう見ても50過ぎの
おじさん達ばかりだった。それにどの人を見ても社長と言った雰囲気ではなかった。
それにしてもワイワイ,ガヤガヤとうるさい連中だ。
「いやだねー,田舎人は・・・」
僕は心の中でそう思った。自分だって田舎者なのに・・・。
フロントで換金して欲しい事を伝えた僕は少々驚いた。
わずか3枚の紙切れが札束になって出てきたからだ。それはいかにこの国の賃金が安く,
貨幣価値が低いか,と言う事を意味している。
「日本の5分の1とは聞いてたけど,こんなになるのか・・・」
しかし,逆に言うと女の子への報酬がいかに高いかと言う事にもなる。
いくら体を売る商売とは言え,イイ商売だなぁ,と僕は思った。でも,じゃあ自分が彼女たち
の立場だったとして同じ事ができるのか?・・・いや,それは無理だ!
初めて会った見知らぬ外国人に抱かれるなんて,想像すると僕には到底できそうもない。
そんな事を考えながら金をズボンの両ポケットにねじ込んでいると,後から肩を叩かれた。
「タカシ,ちょっとこっ来い。」
振り返ると僕のボスだった。
「は,はい・・・なんでしょうか?」
「いいから,ちょっとこっち来い!」
何か怒られるような事をしたかな?僕は言われるままボスの後に続いた。
そして広いロビーの一番の端っこの柱の所へ連れて行かれた。
ボスは柱の影に隠れるようにしながらもっていたセカンドバッグをまさぐり,
「ホラ,今夜のこずかいだ!」
そう言いながら,僕に向かって何枚かの1万円札を差し出した。
「え!?」
僕は突然の出来事にまた驚いた。
「こずかいなんて持ってないだろう?これだけあれば心配いらないはずだ。」
「は,はあ・・・少しは持ってますが・・・」
「持ってるって言ってもどうせ1万円くらいのもんだろう?それくらいじゃ心細いぞ。
邪魔にはならないから持っとけ。」
「いいんですか?でも,こんなに・・・日本に帰ったらお返しします・・・」
「返さなくていい,お前にやるから持っとかんか!今夜は楽しめよ。」
ボスはそう言い残し,後ろ向きに手を振りながらレストラン入口にある
ウエイティングバーの方へ歩いて行った。
「ありがとうございます。・・・」
僕は深々と頭を下げ,ボスの姿が見えなくなるまで見送った。
そしてボスの姿が見えなくなると同時に柱の影でもらった紙幣を数えた。
「1枚,2枚・・・3,4,5・・・って5万円もあるじゃないか!」
僕は自然と顔がほころび,思わず小さくガッツポーズをしてしまった。
「普段は口うるさいボスだけどいいとこあるじゃないか。」
よく考えて見ると口うるさいのは会社の中,仕事の時だけで,飲み屋では社長風を吹かせて
威張ったりする事はないし,「俺は先に帰るけどお前達はゆっくりして来い。」と飲み代を
清算しておいたり,金だけ渡して先に帰ったりする事が多い。
ボスは高校を卒業しても就職がなく,遊んでいた僕を見習いとして拾ってくれた。
僕は今までボスの恩義を感じてろくに休みもとらず,進んで残業もこなし頑張って来た。
その今まで頑張りが今日は報われたような気がした。そしてまた,改めてボスのために,
会社のために頑張ろうと決意した。
正直,財布の中の所持金では心細かったのだが,これで楽勝だ! 女の子をチェンジしても
金は要らないけど,ここは異国の地,何が起きるともがわからない。
僕はもう一度フロントへ行くと,3万円分を換金した。
「さて,部屋に戻るか・・・」
そうは思ったものの,金を持つと使いたくなるのが貧乏人の性である。
懐も暖かくなり,気も大きくなった僕は,さっきボスがウエイティングバーへ行ったのを思い出し,
一杯飲みたくなった。
「でも・・・全財産を持ち歩くのはちょっとヤバイな・・・。やっぱり一度部屋に戻るとするか。」
そう思い直しエレベーターへ乗り込んだ。
僕は部屋に戻ると1万円だけを財布に残し,残りは全部金庫の中へしまった。そして鍵を抜き
ダイヤルを一週ほど回した。
「これで良し! 」
時計の長針は4時附近を指している。外はまだまだ明るかった。
「彼女たちは6時頃来るって言ってたから,まだ2時間半もあるな・・・出かける前にシャワーでも
浴びるとするか・・・」
たぶん外国人の宿泊客も多いのだろう。部屋に付いているユニットバスは広くて快適だった。
特にゆったりと脚を伸ばせる浴槽に僕は満足だった。でも,それより何よりシャンプーやボディソープ,
それにお湯も思う存分に使える事に幸せを感じた。
「これくらいあれば女の子と二人でゆっくりと入れるなぁ・・・。」
シャワーを浴びながら色々な事を想像してしまい,体の一部を変化させてしまった。
「待て,待て,まだ早いぞ,あわてるな・・・。」
そんな卑猥な想像を打消すように僕は頭を洗い,変化した部分や足の裏まで念入りに洗った。