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第4話 沈黙の時間

女性達の登場で1401号室は一気に華やいだ雰囲気となった。と同時にそれまで以上の緊張感に包まれた。


女性達は男達の前を通り過ぎると窓際から順番に並んで行った。


しかし,部屋の狭さに加えセミダブルのベッドや応接セットが邪魔で,きちんと一列に並んで立つ事


ができない。女性達は応接セットに腰掛けたり,ベッドの横に立ったり,ベッドに腰掛けたりと,


どうにか開いてるスペースを見つけては自分のポジションを確保した。


僕達に女性達の素性は全く知らされていない。でも,隣同士で会話を始める者や,離れた者同士


アイコンタクトを取る者がいるところを見ると,少なくとも彼女らは顔見知りなのだろう。


そんなリラックスムードの女性達に比べて,若くて綺麗な女性達を目の前にした僕達男どもは


緊張ですっかり無口になってしまっていた。


「それじゃ,みんな!自分の好みの女性を選んでな!」


沈黙を破るようにボスが僕達を促した。


自分の好みを選べ・・・と言われても・・・みんな若いし,美人のようだし,スタイルもいい・・・


身に付けている物も結構良い物のみたいで,今風のファッションのようだ。


正直言って僕にはどう言う基準で選んで良いか良くわからなかった。と言うよりは


緊張して彼女達を冷静に見る事が出来ない,と言った方が適切だろう。


彼女達は僕達を見つめ,中にはうっすらと笑みを浮かべているように見える者もいる。


「私を選んで・・・」


「私にしとけば損はしないわよ・・・」


そんな事を言いたげな表情にも見えた。


お見合いパーティーのように,ある程度会話なり,自己紹介をした後なら選ぶのも


難しい事ではないだろうし,逆に「お前はこの娘だ!」と言う風に強制的にされる方が


気が楽かも知れない。


僕は一通り女性達を見渡したものの,正直なところどの女性を選んで良いのかわからなかった。


しかし,それは僕ばかりではなかった。他の社長連中も僕同様選びあぐねているようで


皆固い表情で黙ったままだ。


「心配しなくて大丈夫!一晩過ごして気に入らなかったら明日はチェンジしたらいいんだから。」


「あ,そうなんだ!気に入らなかったらチェンジしてもいいのか・・・」


僕は助け船とも言えるボスのその言葉でちょっと気が楽になった。


「ようし!それじゃあ決めるぞ!」と心の中で気合を入れようとした時


「わしはこのでいいわ。」


と最年長の野下さんが一人の女性を指さした。


野下さんの目の前で脚を組んでベッド座っていたロングヘアーの女性。


彼女は紫がかった紺色のミニのワンピース。腰には太い皮のベルトをしている。


いたずらっぽい笑みを浮かべていた女性達の中で一番色気がある女性だった。


彼女ははベッドから立ち上がると野下さんに近づいた。


「ハイハイ,彼女の決まった人はとっとと自分の部屋へ行っちゃってねー。」


「それじゃあお先にな・・・・」


ボスの言葉に従って,野下さんとその彼女は部屋を出て行った。


「さすが野下さん,お目が高い!」 僕は心の中でそう叫んだ。


おっと,他人の事を関心してる場合じゃない。早く自分の女性を選ばないと


いくら美人ばかりとは言え,好みの女性を選べなくなっちまう。


僕は女性達を再度端から端まで見直した。


すると一人の気になる女性を発見した。


野下さんの選んだ女性の影でさっきは気がつかなかったらしい。


他の女性はどちらかと言うと笑顔なのに,彼女だけはうつろと言うか生気のない表情で


僕達の方は見ずに床の一点だけをジッと見つめている。


ベージュのニットのポロシャツにジーンズと,身なりも他の女性に比べて地味だし,


化粧気もあまりない。


美人と言うより可愛いと言った感じで,どことなく悲しそうなその表情に僕は目を奪われてしまった。


「あまり美人を選ぶのは良くない・・・」と言う野下さんの言葉も思い出した僕は


他の社長達を差し置いて,思わず「僕は彼女で言いです!」と,彼女を指さしてしまった。


彼女は顔ビクッ!として,いやビクッ!としたように僕には見えたのだ。


彼女は顔を上げると僕の方を見た。


「私でいいの?」


「どうして私なの?」


「選ばれて良かった・・・」


「私を選んでくれてありがとう・・・」


僕の勝手な思い込みだけど,彼女の顔はうれしそうとも不思議そうともとれる表情だった。


彼女は立ち上がると僕のそばに歩いて来た。


「あらら・・・タカシ君は早いな!」


「仕事もそれくらい早いといいけどなー。」


「いいなあ・・・今夜は頑張れよー!」



「どうも・・・皆さんお先にスイマセン・・・」


僕は彼女を連れ,相撲取りが賞金を受け取る時のように,手刀を切りながら


社長連中の前をドアへと歩いた。


「気に入らなけりゃチェンジしてもいいからな・・・しっかりやれよ。」


部屋を出る時にボスが小声でそう声を掛けてくれた。


「しっかりやれか・・・・しっかりやりますとも・・・」



部屋を出ると僕は黙って歩いた。


彼女も黙ったままさっきと同様に俯き気味で僕の後に従った。


「顔は日本人に近く見えるけど,言葉は通じるのかな?・・・歳はいくつだろうか?・・・


どんな事から話しを始めたらいいだろうか・・・」


僕は歩きながら色々と考えていた。


僕の目指すのはキーに書かれた1409号室。


1409合室はさっきの1401号室からエレベーター方向へ8室ほどの所。1401号室に行く途中に


通って来た部屋なので迷う事なくたどり着いた。



僕はドアを開けると「どうぞ・・・」と言う手振りで彼女を先に部屋へ入れた。


部屋はカーテンが閉まっており薄暗かった。


入口附近の通路部分には浴室とクローゼットがあり,部屋の真ん中には照明のスイッチや


BGMのスイッチの付いた大きなダブルベッドが置いてあった。ベッドの横のスペースには


壁に付いた細長いデスク,そして閉まっているカーテンの窓際には,割りとゆったりとした


4人掛けの応接セットと,なかなかの広い部屋だ。


内装はちょっと古めかしいと言うか,懐かしい感じがするが,僕は部屋の広さに満足した。



僕はさっきまでの緊張感はないものの,相変わらず緊張は続いている。



僕はとりあえずカーテンを開けてみた。


そこには隣のビルが目の前にあり,景色はほとんど見えなかった。腕時計を見るとまだ4時前なのに


部屋も思ったほど明るくはならなかった。


最悪のロケーションには一瞬がっかりしたものの,彼女を前にそんな事はすぐにどうでもイイと思えた。



僕は応接セットのイスに腰掛けると胸のポケットからタバコを取り出した。


ラッキーストライクの箱は汗でふやけてしまっている。


1本取り出して火をつけた。


「そうそう,暑いね・・・」


僕はそう独り言を言いながらエアコンのスイッチを入れた。


そして改めてイスに腰掛けると,彼女も座るように手招きした。


彼女は手に持っていたバッグをベッドに置くと僕の向かい側に腰掛けた。


「えーっと・・・日本語は話せるの?・・・」


「・・・ハイ,少し話せます・・・ちょっとだけ・・・」


可愛い声だった。


1401号室では彼女の事を冷静に見る事はできなかったけど,よく見ると結構可愛いい。


顔は日本人ぽくて日本のアイドルの誰かに似ているのだけど,名前を思い出せなかった。


ただ,目の色が少し青くて白人系といった雰囲気だ。


肩より少し長めの髪はグレーがかった茶髪。染めているのだろうか?


背はそんなに高くない。150センチ台だろう。スタイルはまあまあで,着ているシャツの


ふくらみから推測すると胸は大きそうだ。


僕の好みの女性のタイプとは若干違うけど僕は十分満足だった。


あとは性格だけどそれはこれからの話。


僕はできるだけコミュニケーションを計り,リラックスできる関係を持とうと思った。



「僕は21歳,あなたはいくつ?」


「ワタシは19歳です・・・ナインティーンです。」


「え?19歳なの・・・」


若い感じはしていたけど19歳と言う言葉を聞いた僕はちょっと後ろめたさみたいなものを感じた。


でも,最初からそのつもりで此処へ来ているわけで,今更後ろめたさを感じるのも変な話だ。


むしろ後ろめたさなど感じる方がおかしい!


「恋人はいるの?」


「恋人・・・彼氏デスカ?・・・・恋人,彼氏,いません。でも友達たくさん。


さっきのワタシの横,友達デス。わかりますか?」


彼女は右手でこっち側と言う風にソファの右側をひじ掛けを叩いた。


「ああー,あなたの横の人ね。」


僕は右側がどんな女性で,左側がどんな女性だったのか全く覚えていなかった。


でも,彼女に良く思われたいと言う気持ちが無意識に働いたのか,


「ウンウン・・・」とうなづいてしまった。


すると彼女は固かった表情が少しほぐれ,ちょっぴりうれしそうな笑顔を見せた。



「僕の名前はタカシ・・・」


「タ・カ・シ?・・・ですか?」


「そうそう,タカシね。あなたは何と言う名前?」


「ワタシの名前は イェリン・ファムと言います。」


「エリン・・・ファン?・・・」


「ノー,イェリン・・・イェリン・ファムです。」


今度は彼女はゆっくりと一文字ずつ発音してみせた。


「エリン,エリン・ファンでしょ?」


彼女は首を横に振った。


「なんだよ,違うのか?・・・」


どうも僕の発音が悪いらしい。彼女は少し不満気な表情を見せながらベッドの上のバッグを


を手に取ると,何やらゴソゴソと何かを探し始めた。


僕は何が出てくるのかな?とその様子を見ていると,彼女は何やら紙切れを取り出した。


それは1枚の小さな名刺だった。


僕達がいつも使ってる名刺より一回り小さくて,角が丸く紙質も悪かった。


真ん中には大きく横書きで見た事の無い文字が書かれており,上にはカタカナで小さく


「イェリン・ファム」下には英語で「Elin・fam」と書いてあった。


「ああ,わかった,イェリン・ファムだね?」


「イエス!ハイ,そうです。」


イェリン・ファム・・・どこ系の名前だろう?


「イェリンはハーフなの?」


僕がそう聞くと,イェリンはちょっとためらうように答えた。


「ハイ,そうです・・・ハーフです。お父さんはアジアの人でお母さんはヨーロッパの人です。」


なるほど,それで目が青いのか・・・。


「お父さんもお母さんも元気?」


「ノー。お母さんは病気で死にました。お父さんも病気です。」


僕は悪い事を聞いたかなと思った。でも,イェリンは明るく笑って見せた。


「ワタシは元気!ワタシがいるから家族は明るいです。」


僕は兄弟や他に家族が居るのか聞こうかと思ったけど,それ以上聞くのはやめにした。


イェリンとは短時間の付き合い。もし長くなったとしてもたった2日間の付き合いだ。


プライベートの事を色々と聞いて情が移るのは良く無い。ましてチェンジに支障をきたす事


にでもなれば後悔するだけである。それに商売女性はプライベートな事を色々と聞かれるのは


イヤだろうし,また話したくもないだろう。あくまでビジネスとして付き合わなければ・・・。


僕は改めて目的意識を確認した。


しかし,そう思い直してみたら次の言葉が出てこなくなってしまった。


僕はイェリンを見ながら何をしゃべったに良いか色々と考えた。


イェリンも体はこっちを見ているものの,目だけ右を見たり左を見たりと落ち着かない様子。


僕は言葉が見つからず,あせってタバコをふかすばかり。


重苦しい沈黙が続く・・・・。


クーラーのおかげで部屋は涼しくなり,全身の汗は引いたものの,手のひらだけは


じっとりと汗ばんだままだ。


相手が日本女性ならこんな事は無い。言葉さえ普通に通じればどんな会話でもできるのに・・・。


そう思っているとベッド脇の電話が鳴った。


「誰だろう?」


僕は受話器を取った。


「ハーライ!」


「???・・・」


「俺だよ,俺・・・何してる?」


電話の相手はケンちゃんだった。


「ああ,ケンちゃんか・・・何って何もしてないよ。」


「何だよ,まだ何もしてないのか?」


「何もって,ケンちゃんはもうやったの?」


「まだまだ,何ももしてないよ。さっき部屋に入ったばかりじゃないか。」


「何だよ,それ!」


「あのさー,俺の彼女とお前の彼女ねー,友達なんだってさ。それで,2人で一度


家に帰ってきたいんだって。ちょっと彼女に代わるから,そっちも彼女に代わってくれないか?」


「ああ・・そうなの・・・わかった,じゃ電話代わるよ。」


僕はイェリンに友達から電話だと告げ受話器を渡した。


僕は新しいタバコに火をつけソファーに腰掛けた。


イェーリンは僕には全く理解できない言葉で友達としゃべりだした。


さっきの無口だったイェリンとは別人のように,今時の若い女の子らしく早口で時々


笑いながら楽しそうにしゃべっている。


1~2分ほど話してイェリンは受話器を置いた。


「ゴメンナサイ,ワタシ一度家に帰って来てイイですか?少しだけ用事を済ませてまたスグ来ます。」


「家に帰るのか?・・・」


僕にはどういう事かよくわからなかった。腕時計を見ると3時半を少し回っている。


まだ早いし,時間はたっぷりある。それに会話の行き詰った僕にとっても少し時間を開けた方が


色々と頭の整理をしたり,これからのプランを考えるのにも都合がいい。


僕はイェリンの申し出を受け入れるべく笑ってうなずいて見せた。


「アリガトウ,アリガトウ,スミマセン,スミマセン・・・スグに戻って来ます。」


イェリンはうれしそうに僕に礼を言うとバッグを手に取り部屋を出て行った。



部屋に一人残された僕は深い溜息をついた。


溜息の理由は,イェリンがいなくなって緊張から開放された事がひとつ。もうひとつは


イェリンとうまくやれそうな気がした安堵感からだった。


そんな思いの反面,本当にイェリンを選んで正解だったのか?他にもっと良い女性がいたのでは?


早く選び過ぎたのでは?と言う後悔とまでは行かないけど,ちょっと急ぎすぎたかな?と言う


欲張りな気もした。


僕はテーブルに置かれた名刺を手に取るとベッドへ寝転んだ。


「イェリン・ファム・・・か・・・。」


彼女は今までどれくらいの日本人を相手にして来たんだろうか?


毎日のようにこうして日本人の相手をしているのだろうか?


何をしに家に帰ったのだろうか?


すぐ来るって言ってたけどどれくらいで戻ってくるのだろうか?


ひょっとしてもう戻って来ないのでは?


いや,戻って来ないなんて有りえない。だって彼女の仕事なんだから。


僕は名刺を眺めながら色々な事を想像した。


そして次第に意識が薄れ深い眠りへと落ちていった。


第5話へ続く・・・。





































































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